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専門家のいうことが全て?

雑感を。

私が新型コロナウイルスの医療的な面に関して投稿などすると、専門家でもないのに黙っていろ、との声が寄せられる。専門家というだけでその質を吟味せず全幅の信頼を寄せられる方がとにかく多いのが今の日本の世の中。

 

しかし、弁護士だってピンキリ、レストランやラーメン屋さんだってピンキリ、医療も同じこと。専門家への全面的信頼が福島第一原発事故を呼んだし、医療過誤も同じこと。

おかしいと思ってもお医者さんが言うことだから、と信じていた結果が自分や最愛の人の死を招くことが幾多繰り返されている。弁護士だって同じで、おかしいと思いながらいうことを聞いていたら、完全敗訴などよくあること。

 

権威者が必ずしもその権威に沿った意見を言うと限らないことを数々の医療過誤訴訟で学んだし、日本の第一人者を自負する方々を相手に回し(その方々が過誤したのではなく、過誤した方を庇って意見書出したり証人尋問で出廷された)、幾度か勝利も収めてきた。

過去においても、日本陸軍で蔓延した脚気の原因を、栄養の偏りに見出したのは事実を基に観察した高木海軍医総監。陸軍やそれに随処する森鴎外らを相手に回し、今のポビドンヨード叩きのような状況の中で正鵠を射る説を提唱した。

後に農学者の鈴木梅太郎も玄米を食すると発病しないことを提唱したが、当時の医学者らは今と同様受け入れなかった。水俣病も同じ。東大を中心とする御用学者を打ち負かしたのは熊本大学。権威など科学的正義の前では何の意味も持っていない。

 

日頃権威者の言うことであろうが専門家の言うことであろうが、まず疑ってかかるという生き方をしているものから見ると、少しでも異端な意見は全部芽を摘もうとする今の世の中が本当に残念でならない。あまりにもせせこましいのだ。

冒険的なチャレンジを試みると、世間の迷惑を考えたのか云々と総バッシング。全てをステレオタイプのレッテル貼りで決めつけて自己満足。

そんなことばかりしていたら、フロンティアなど切り開けない。もう少し自由で伸び伸びと息ができる日本にみんなで変えて行きませんか?