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この議論に未来はあるか?

第201回通常国会が開会した。衆議院における各党の代表質問が一巡し、野党は、IR疑惑、桜を見る会をメインテーマに安倍政権を攻めることを公言している。立憲民主党の枝野党首の代表質問のかなりの部分が「桜を見る会」で占められていた。しかし、本当のメインテーマはそこではない。年輪のように積み重なって日本の未来を決めていく、国家予算に関する吟味だ。

公表されている令和2年度一般会計の歳出総額は昨年を超える102兆円。その35%(35兆8608億円)を社会保障費が占める。そして、昨年度予算からの伸び率は5.1%。その他の費目が横ばいや微増微減であるのに比べて突出しており、予算総額が3.1%増えた主因となっている。

また、国債費は22%(23兆3515億円)。前年に比べて0.7%減少しているが、これは日銀の金利抑圧政策によって、利率が抑圧され続けていることによるもので、償還費は国債発行額の増加によって増えている。

社会保障費と国債費は、合わせて57%(59兆1636億円)。予算の6割近くがこの2つの固定経費で占められてしまっている。

この国家予算の状況は、人口構造の裏表。日本社会の硬直化はどんどん進行している。動脈硬化が進んだ高齢者のように、やがては大きなクライシスが訪れるであろう。

これに対して今回の代表質問で枝野氏は「大きな政府」を提唱した。おそらく、立憲民主党に代わって旧来からの左翼・リベラル層の期待を集めつつあるれいわ新撰組やMMTを意識しての発言だろう。また、国民民主党の玉木氏は、子ども国債を財源とした各種政策を提案した。これも基本的には同じ類。

しかし、令和2年度予算案は102兆円規模である上に、その内31.7%(32.6兆円)が国債に依存したもの。既に十分に無理をした「大きな政府」だ。これ以上無分別な「大きな政府」化や、名前はともかくとして巨額の出費を伴う政策の財源を臆面もなく「国債」で賄うなどすれば、国債の買い手が実質日銀しかいなくなっている今、通貨への信頼はダダ下がり、結局普通の国民の資産は価値を無くしていくだけだろう。(ちなみに共産党は消費税は5%に下げろ、社会保障は充実させろ、年金のマクロ経済スライドは止めろと格好のつけ放題だったが、本気でそれで財政に対する信頼や年金制度が維持できると思っているのだろうか?かなり驚いた)

一方で、このような無理をもう20年近く続けているのに経済成長率は少しも改善していない。日本の経済の低迷は他に原因があるからだ。その原因は少子化やそれに伴う人口減少だけではない。戦後75年が経過し、社会の隅々にまで蔓延した既得権益優先のシステムや、他人や成功者を貶めることにばかり熱心な精神構造が蔓延していること、そしてその裏返しともいえるアニマルスピリットの減少も大きく寄与しているのだろう。

また、怖くて自民党も立憲民主党も国民民主党も触れられないが、日本のみ労働生産性が伸びず、非正規がこれだけ増えているのも、硬直した雇用システムが変化の激しい時代にそぐわなくなっているからであることは明らか。この問題は連合をバックにした旧民主党勢には絶対に触れられない問題であるし、選挙を意識する政権与党にも手をつける様子はない。唯一、特定の利益団体を持たない維新の馬場氏のみがそこに言及されていたことは勇気ある指摘と言えよう。

野党が本気で政権交代を目指すのであれば、桜やカジノと同程度以上に、こういった本質的議論に取り組むべきだろう。同時に、安倍首相も自画自賛のような施政方針演説をぶつばかりではなく、厳しい現状を率直に認め、なおかつそれに打ち勝つ骨太のビジョンを示すべきであった。日本に残された時間はそう長いとは思えない。

焼き尽くす者と焼き尽くされる者

皆さんはゲームオブスローンズをご覧になっただろうか。かつてないスケールで壮大なファンタジーと中世戦国ロマンを合わせたような世界観を描いたドラマ。その最終章を受け止め切れないでいたが、単純なハッピーエンドにしなかった作者のジョージRRマーティンの意図が今、ようやく理解出来たような気がする。

 
歴史は単純化される。日本人が大好きな戦国英雄譚の影には虐殺された無辜の民や敵の雑兵がいる。彼らは好き好んで戦の当事者となった訳ではない。だが、後日映画やドラマで描かれる時、勝った側、殺した側は英雄となり、負けた側の悲惨な最後は忘れ去られる。戦の勝者は神格化され語り継がれることさえあるが、意味もなく殺された人々は振り返られることすらない。
 
だが、ゲームオブスローンズの最終章は違った。積年の理由ある恨みを込めて敵の居城を焼き尽くすドラゴンの女王。焼き尽くすところだけを、上から(ドラゴンからの)視点で描けば見ている我々は快哉を叫び、スッキリとした気持ちでドラマの終わりを見届けることが出来たであろうし、それが普通の終わり方だったであろう。だが、このドラマは底の浅い描き方はしなかった。このそれだけではなく焼き尽くされて灰になる住民の姿を同時に描き、正義が一面的ではないことを正当に訴えたのだ。
 
前のブログ(「対象の向こうに人がいる」)でも記したが、大国間の正当性や正義を振りかざした紛争の陰で名もなき人々が死んでいく。その不正義を、人はもっと直視すべきだ。
トランプ大統領やイラン指導者にそれほどの正義や正当性があるのか?あるいは正義を振りかざす国民たちの声には?
 
我々は焼き尽くす者の立場でものを考えがちだが、現実には焼き尽くされる者に立つ危険性のほうが余程高い。
最近聞くことのなくなった言葉に「一人の命は地球より重い」というものがある。地球より重いは人類のエゴだが、少なくとも「一人の命は、国家のエゴやナショナリズムより重い」と強く思う。それが尊重される社会に進化するように、我々は歩み続ける必要がある。

対象の向こうに人がいる

イランが、イラク駐留米軍に対し一定の配慮のもとミサイルを撃ち込んだ直後、民間ウクライナ航空機が墜落した。そのタイミングに懸念を覚えてはいたが、昨日、イランの誤射によるものではないか、との観測が駆け巡った。

現在のところ確定的な情報ではないが、事実としたら大国間の駆け引きの中で、多くの無辜の第三国国民が犠牲になったことになる(BBC)。
 
このような国家間の諍いや、超大国の自制心に欠ける振る舞いによって、名も無い個人が犠牲になる。かなり前にはなるが、大韓航空機がソ連によって撃墜されたことがあったが、その時も多くの方が亡くなった。大国の面子や利益を最優先させる指導者にとっては100人単位の死者であってすらとるに足らないものであるかもしれないが、その個人、あるいは死者の家族にとってみれば全てが終わる。
全ての個が可能な限り尊重されるべき存在であることは、全ての国家や政治的指導者にとっての大前提となるべきなのだ。そして、名もなき一個人である我々も、いつ自分や家族の大切な命が犠牲になるかもしれないという、その立場の互換性に思いを致す必要がある。
 
そして尊重されるべきは生命だけでは無い。
個人の名誉や自由も同じこと。最近SNSである弁護士が、安倍首相のことを「バカ、アホ」と知的能力や人格を非難していた。首相ともなればある程度の批判を感受せざるを得ないところではあるが、民主主義の基本の一つは他者の尊重。その政策や行為を非難するのはいい。だが、相手が権力者や政治家、有名人だからと言ってなんでも言って良いものではない。最近、この手の罵詈雑言があらゆる場面で平然と語られるようになってきているが、その批判の程度の低さは、やがて自分たちにも必ず返ってくることになる。
 
あらゆる行為を人や国家がなす時、対象の向こうに人がいることを私たちは忘れてはならない。
 
なお、私は安倍首相の政策や過去の行為を支持するものではなく、政治的立場は大きく異なるものであることを念のため記しておく。

トゥキディデスの罠

新年早々,世界が騒がしい。イランが遂に対米報復に踏み切った。今のところ米軍の被害の詳細は明らかになっていないが,紛争は益々拡大していくだろう(9日朝の時点では幸いにも米軍に人的被害は出なかったようだ)。

コップの中の嵐のように,ゴーン氏の脱出劇やIR疑獄が霞んでしまうかもしれない。

 

このところトランプ大統領の強権的手法がエスカレートしていた。購買力平価換算のGDPでは既にアメリカを抜いて世界一の経済大国とも言える中国。科学技術を含めアメリカと堂々と渡り合えるだけの実力をつけ,次の覇権国となることを虎視眈々と視野に入れているその中国に対し,トランプ大統領は世界を巻き込んだ貿易戦争を繰り広げていた。

それが小休止の構えを見せたところで,今度は圧力をかけ続けてきたイランに対し,国民的人気を誇っていたという精鋭部隊の司令官を殺害するという,驚くべき行動を取った。宗教国家として面子を重んじざるを得ず,また経済封鎖によって対米憎悪を募らせていたであろう国民の手前,イランの最高指導者がこれに対する報復を諮らざるを得ないであろうことは当然に予想できたところである。

中東の大国でありホルムズ海峡に隣接するイランとの間で米国が全面戦争に至れば,イラク戦争を遥かに超える人的被害や混乱が拡がる。世界経済に及ぼす悪影響も多大なものとなるであろう。民主党ペロシ下院議長が,「戦争をしている余裕はない」と警告したそうだが,まさにその通りである(NHK)。

また,「トゥキディデスの罠」によって米中戦争が起きることも心配されているところ,そのきっかけはどこに転がっているかはわからない。英独などの大国同士の対立が根本であった第一次世界大戦の始まりが,ヨーロッパの片隅,サラエボで起きたオーストリア皇太子暗殺事件であったように。アメリカの,空母,巡航ミサイル,そしてミサイル防衛網などで築き上げられてきた圧倒的優位がロシア,中国による超音速ミサイルの開発などにより揺らぎつつある今,軍事的不安定さは以前よりも増している。アメリカが力を落としつつある中,大統領選を前に,トランプ大統領の行動が益々不安定さを増してきたようにも写る。イランを支持するロシアと中国の動向によっては,世界大戦のような大事が絶対に起きないとは誰も保障できないであろう。

日本の政治はこのところ,与野党共に国内だけを向いているように見える。安倍首相はトランプ大統領への忖度に終始するのではなく,真の国益,日米両国国民の利益こそを慮った外交姿勢を取るべきであろう。

 

古くて新しい問題を解決しよう

最近すっかり下火になったカルロスゴーン氏を巡る問題。彼が日産の社長に電撃的に就任した当時一躍時代の寵児になったのは,天下り・系列取引による競争力低下で数兆円の負債を抱え倒産すらも噂された日産自動車に乗り込み,その前時代的慣行を断ち切って日産を再生させたからであった。しがらみに囚われた日本人経営者では出来なかったこと,仲間内だけが得をする既得権益の構造をぶち壊したのだった。

 

翻って,今の日本は,その当時の日産よりもさらに強く既得権益や利益誘導のバリアに何重にも囲まれていて,それによって窒息寸前なのではないか。そしてそれは政治が中心だ。

問題は小から大に至るまで広範なものであり,そしてそれは与野党を問わない。

 

桜を見る会の問題もその一つ。政権を握ったものが,支持層に対する利益誘導の一手段として公費で支援者を招待する。利益誘導政治そのものであるが,これは民主党政権時代にも規模はかなり小規模ながら行われていたもの。そういう文化が日本には根付いてしまっている。

 

もっと問題なのは相も変わらぬ土建政治。景気底上げのために大型補正予算を安倍首相は組むと言うが,その使い道は公共事業。結局は自民党の票田である土木建築関係者だけが潤い,自民党の票はより強固となる。一方で,財政への負担は更に増す。これに対する警鐘は,外資系メディアが目立たず報じるだけ(「今年度補正予算、第2次安倍政権下で最大規模も-埋没する財政懸念」Bloomberg)。既得権益に対する利益誘導そのものが巨大な規模で行われ続けている。

 

これと並ぶ既得権益の牙城は診療報酬。日本の財政を悪化させる一方の社会保障費の大半を占める医療費にメスが入っていかないのはその現れ。医療費の中で,薬価こそ毎年引き下げられているが,診療報酬はマイナス改定されていない。そこには最強の既得権益団体である日本医師会の政治力が働いており,与党もそこを突破することは出来ないようだ(もっとも野党もこれを批判しているようには見えない)。

 

一方の野党も既得権益への配慮や有権者への利益誘導では負けてはいない。現在合流協議が進められている立憲民主党と国民民主党では,例えば原発政策で言葉以上の差異がある。国民民主党は,原発を従来通り稼働させたい電力労連が強力なバックシートドライバーとして実権を握っており,そこに配慮せざるを得ないため国民民主党が原発廃止政策に本気で取り組むことは望めない。原発廃止に取り組む議員は徹底的に排除するというのが彼らのやり方だ。

 

そして,野党の最大の利益誘導は,財源の裏付けのない減税と,本来は減税と相反する社会保障や教育の充実というアピール。この手法で国民を煽動した野党が政権を取ることがある中南米では,その後たいてい通貨安やインフレで国がガタガタになる。一方で先進国,特にEUには厳しい財政ルールがあるので甘い話を振りまく政党が政権を握ることやこれを実施に移すことは極めて困難。ギリシャのように国家的不正会計でもしなければ無茶なバラマキ政策は行えないが,日本では財政ルールはあってないようなもの,国債と日銀という打ち出の小槌がある以上,これを使わない手はないというような主張が目立ち始めているのは要注意だ。

 

さて,今更なぜこの古くて新しい問題を述べたのか。政治家の訃報を報じた新聞記事などで,相も変わらず政治家の功績といえば地元に何をもたらしたのか-どんな道路を作ったのか,どんな施設を作ったのか-が取り沙汰され,それを「桜を見る会」は鋭く追求するマスコミも,政治家の追悼記事などでは平気で書いているのを目にして,そんな旧態依然のものの見方がまったく変わっていないことをつくづく感じたから。

 

私が言うまでもなく,これからの令和は,日本にとって冬の時代。春や夏ならば放っておいても草木は茂る。しかし,冬に向かう今,縮小する国富における限られた財源から何を選択し,今の日本の繁栄をどう続けていくのか政治も行政も智慧を絞らなければならない。

道路の作り方一つをとっても,大手の土木業者に大きな利益を確保させて派手ではあるがガラガラの高速道路を作るのか,地味ではあるが市民生活に欠かせない街中の道路に安全な歩道を確保して生活の質を高めていくのか,そういった一つ一つの選択を既得権益への配慮や利益誘導から離れて行うことがこれからの政治家や政党に求められるところであろう。

「既得権益に配慮しない」「国民においしい話ばかり振りまかない」「煽動的報道に振り回されない」そんなスローガンを堂々と打ち立て,実行する。そんな政党が正面から安倍政権と選挙で対峙する。そこに日本の活路が開けるだろう。

アメリカだけが友人でいいのか?

スーパーパワーを持つアメリカ・トランプ大統領が遂に露骨な対日要求を行った。

「友人の安倍総理大臣には、『日本はお金持ちの国なんだからいっぱいお金を出してアメリカを助けてくれ』と言っている」と。そして,「日本はきっとたくさん助けてくれるだろう」とも(NHK「トランプ大統領 在日米軍の駐留経費 日本に負担増を要求」より)。

ジャイアンの本領発揮だ。

 

以前のブログ「アメリカ一極支配終わりの始まり」でも触れたが,今のアメリカはあまり良い友人とは言えない。中国にも,EUにも無体な要求を突きつけ,強引に自国の利益を押し付けようとしている。このアメリカの態度に,中国は一歩も引かない構えであるし,フランスのマクロン大統領は,デジタル課税やNATOを巡ってトランプ大統領と正面からやり合っている。

しかし,安倍首相からは,今のところ毅然とした姿勢を見せる様子は見受けられない。

つい先日も,日本に利益となる事項については口約束程度しかない話で日米貿易協定が署名され衆院を通過したところだ。

 

さて,昔から根強く言われていることではあるが,最近のその声が高まりつつあるのが,野党は,自民党とは異なる,10年20年先を見据えた国家ビジョンを示せ,という声だ。

最近,桜を見る会が問題となった。これは前近代的な政治手法であり日本に相応しいものではないが(「桜を見る会,問題の本質はどこか」),ただし,それだけでは多少与党の足を引っ張る程度の話でしかない。こういった日米関係など国家の根幹的問題こそ,日本の外交・安保を根本的に見直していくきっかけとして野党が取り上げていくべきものだ。そして,アメリカの姿勢やおそらくはそれに追従するであろう日本政府をただ批判するのではなく,そのような不当な要求を拒絶できるための戦略を国民に示して行かなければならない。

先の「問題なのは憲法9条改正ではない。日本の安全保障のあり方である。」でも触れたが,日本の安定的平和やアメリカ,中国,ロシアといった経済,軍事面でのスーパーパワーと対抗というか独立性を保った外交関係を構築していくことは,日本一国では無理な話。アメリカとの関係も大切にしていかなけらばならないが,同時に中国,韓国,北朝鮮並びにこれから世界の主要な経済大国となることがほぼ確実な東南アジア諸国との友好関係は発展させていくことも欠かせない。将来的にはEUならぬAUのような経済関係を主体とした(今のEUも始まりは欧州石炭鉄鋼共同体ECSCだ)緊密な共同体を構築することも視野に入れていくべきだろう。

 

野党は目先の問題や,将来に対する無責任な感覚しか持たない旧来型の支持層受けする消費税反対をいつまでも唱え続けるのではなく,現実への対処に汲々とならざるを得ない与党からは口が裂けても言えないような骨太のビジョンを掲げ,来る総選挙に臨むべきであろう。

 

リニア・トンネル問題は静岡県のわがままではない。大規模トンネル渇水公害がその本質だ

リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事が進んでいないことについて、静岡県のわがまま、川勝静岡県知事の政治的思惑による駆け引きのせいである、といった論調の記事が目に付く。

しかし、これは大間違いで的外れな批判だ。

問題の本質は、トンネル工事によって南アルプスの地下水が抜けてしまうこと、そしてそこを水源とする大井川に起こると予想される渇水公害への懸念なのだ。その渇水公害は南アルプスの生態系に大きな影響を及ぼす。さらに、その下流の大井川は流域周辺の8市2町62万人の水道用水や農業用水、工業用水を賄う命の川。その大井川が渇水すれば、多くの県民の生活に大変な支障が生ずる。リニアのトンネル工事によって大渇水公害が発生しかねないのだ。

なぜそのような事態が心配されているのか。

南アルプスには造山運動の結果、各所に南北性の断層が存在する。断層には破砕帯と呼ばれる水を蓄えることの出来る地層がある。このため、山肌から浸透した雨水が、破砕帯に地下ダムのように蓄えられる。そしてその水は水頭圧という水自身の重みによる圧力がかかっている(被圧地下水)。その大量の被圧地下水が湧水として地表に戻り川の源流となっている。この被圧地下水が、トンネル掘削工事によって穴を開けられるとまるで噴水が噴き出すように抜けてしまうのだ。

 

さて、皆さんは丹那トンネル工事にまつわる話やその後何が起こったかご存知だろうか。

丹那トンネルの上部にある丹那盆地も、トンネルが作られる前は、破砕帯に蓄えられた地下の大量の水が水源となって豊富な水が湧き出ていた。この恩恵を受け、豊かな水田やワサビ田の耕作地帯であったのである。ところが、トンネル工事によって、この水が一気に抜けてしまい、丹那盆地も水枯れしてしまった。このため、稲作ができなくなり、酪農地帯に変容を迫られたのである。

有名な丹那牛乳は、丹那トンネル工事の弊害によりやむを得ず農業が転換したことに生まれたものだったのだ。丹那トンネル工事が出水対策に追われた難事業であり、多くの犠牲者も出したことは有名だが、環境にも大きな悪影響があったのである。

トンネル工事によって水枯れが生じるのは、何も丹奈トンネルに限られたことではなく、しばしばみられる事象だ。最近では長崎新幹線のトンネル工事により10カ所もの周辺で減渇水が生じ、水田に水が引けないなど大きな影響が出ている(西日本新聞「「川が枯れた」工事で地下水脈寸断?~」)。

そして他ならぬリニアの実験線でも、トンネル工事により、山梨県上野原市で水枯れが起きてその保障もなされている(「リニアモーターカー実験線の周辺で多発する”水枯れ”」)。

まさに丹奈トンネルで起きたことが再現されてしまったのだ。

この渇水問題がより大きなスケールで起きることが心配されているのが今回のリニアの南アルプストンネル問題なのだ。

JR東海は、トンネル工事に伴い流出する湧水をポンプを使って全量大井川に戻すと説明しているが、流出量予測も科学的根拠に乏しい。そして、その戻すといっている水は、渇水期の華厳の滝の流量に相当する毎秒2トン。これを500mも汲み上げて戻すことになるが、実は、この水は、トンネル完成後にトンネル内に漏水するものだけ。

真に問題なのは現在貯水されている大量の被圧地下水が、トンネルが掘削される際に山梨、長野両県側に一気に抜けてしまうこと。戻す水自体がなくなってしまうのだ。

山体に降り注ぐ雨水が地下に浸透し、貯水されるまでには百年単位の時間が掛かっている。時間をかけて蓄えられた大量の地下水が再び溜まるには同じだけの時間がかかる。

また、この抜ける水の規模は今までのトンネル工事渇水で起きた規模とは比べものにならない膨大なもの。JR東海が静岡県の有識者会議に示した資料によると大井川水系に直接関係する破砕帯だけでも、(平均的に)幅800m、深さ500m。そして長さは30㎞にも及ぶ。今までのトンネル工事でこれに比肩する破砕帯を貫いた例はなく、まさに未経験ゾーンといえる領域だ。

この巨大な地下ダムに蓄えられた膨大な量の水が抜けてしまえば、そこからオーバーフローして湧き上がる水は全てなくなり、大井川の源流の南アルプスの沢も枯渇する。生態系は壊滅するだろう。そして、ただでさえ流量不足が経常化している大井川水系が、地下水を含め枯渇することが予想されるのだ(静岡新聞「湧水県外流出「対策を」~」)

このため、川勝静岡県知事だけでなく、大井川の水に依存する10市町の首長がJR東海の金子市長の面会要請を拒否するなで強硬姿勢を貫いているのが現状なのだ(静岡新聞「リニア水問題、流域10市町が面会拒否」)。

ところが、JR東海の意を汲んだ御用記事はこの本質を覆い隠し、静岡県知事VS JR東海&他県知事の政治対立に問題を矮小化している。

そんな中、県内自治体で唯一、トンネル工事に理解を示しているのが工事区域が存在する静岡市。静岡市は一部山間部を除いて大井川水系ではないため、渇水が生じてもあまり影響はない。

だから静岡市長は新しいトンネル建設にJR東海が140億円の金を出すことを条件に工事についてJRと合意した(中日新聞「リニアトンネル工事 静岡市長「抜け駆け」一蹴」https://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/tokai-news/CK2019080402000097.html)周辺市町村のことはお構いなしとの姿勢だ。

言うまでもないが、住民の基本的な暮らしを支えるのが地方自治体の何よりの使命。その中でも「水」の確保は優先度が最も高いこと。お金では変えられないし、失われた水はお金で買うこともできない。静岡県知事や10市町の首長が徹底抗戦の構えを見せているのは当たり前なのだ。「静岡県のわがまま」という批判は的外れというしかない。

桜を見る会。問題の本質はどこか

安倍首相のホテル夕食パーティーの問題、野党や評論家の追求、ちょっとずれているのでは。

ホテル側がパーティー参加者の入出金を直接管理するというやり方は、相当程度に一般的な方法ではないが、しかしあり得なくはない。違法性をカバーするためにそのような形式をとったとすれば、しかも首相サイドの意向であるとすれば、ホテル側が協力してもおかしくはない。そして5000円という金額設定も、やはりあり得なくはない。一般的に立食パーティーでは人数分の料理を用意することが少なく、例えば出席者の4掛け程度しか用意しないということもよくあるので、いくらで元を取るかは主催者の設定次第。このケースではおそらく800名もの宿泊を伴っているのでどこで元を取るかはホテル側の考え方次第。

別に安倍首相の肩を持つわけではないが、批判する側にも批判の根拠となるエビデンスと論理が必要だと考える。

 

この問題の本質は、そこではなく、国費で一部の政治家の支持者のみを優遇したという道義的責任。桜を見る会が国費で行われ、そこに安倍首相の後援者のみが突出して優遇されて招待されたことに疑う余地はない。まるで独裁政権下の発展途上国のようなやり方が今の日本で許されるのか、という問題であろう。この点については、次の選挙で正されるべきである。

有力政治家の率直かつ優れた現状認識

国民民主党の前原議員が時事通信社のインタビューに答えられている記事を拝見した。

正直驚いた。(支持層の意向を考えて)ポジショントークが多くなりがちな有力政治家の方は,当然ながら本音を隠した議論が多くなる。しかし,それが野党の立ち位置をわかりにくくさせているし,野党への,国民の真の信頼を損なっている面がある。

しかし,このインタビューでは,野党にも幅があり,しかも旧民主党勢力に幅があることを率直に認められ,そこを無視して単に合流(文脈からすると統一会派結成のことではなくその先の新党結成のことを指しておられるようだ)しても逆に有権者からの不審を買って,特にリベラル保守層から票の離反を招くことを指摘されている。有力政治家の本音が語られているのだ。

 

前原氏は,

「一挙に一つになるより、リベラル保守とリベラル左派の大きな二つに分かれて選挙協力し、自公に対峙(たいじ)するのが現実的だ。」

とされた上で

「勝てば連立を組めばいい。立憲と国民だけまとまれば、うまくいく状況ではない現実は直視すべきだ。リベラル保守は維新と、リベラル左派はれいわ新選組と協力する。そこまでウイングを広げ、それが一緒になるのは国民からは理解不能だ。」

とまで語られている。

現実を直視されて得た優れた現状認識を,率直に披露されたものと言える。

 

さて,以前のブログでも書かせていただいたが,維新の党の是々非々の姿勢は,まさにリベラル保守層の共感を呼ぶところであると考えている。しかし,関西以外ではどのような党かという点について未だ認知度が高いとは言えず,もう一つ身近な存在になっていないという克服しなければならない点もある。ここに旧みんなの党のようなリベラル保守党ができ,政策的に近いであろう維新の党との一定の協力(地域事情に応じた統一候補擁立など)が成立すれば,その相互作用により,互いに相当数の議席を獲得して「リベラル保守」はかなりの勢力となるかもしれない。

 

そういったことも含め,前原氏のいわれるようなビジョンがあっての3会派合流であるならば,これからの政治は面白くなるかもしれない。

 

なお,消費税減税を柱に野党共闘を目指す動きに対して

「消費税を下げるとなると、ポピュリズムに訴える色彩が強くなる。財源論が必要だ。」

と明確にされている点も(誠に僭越ながら)高く評価したい。

 

アメリカ一極支配の終わりの始まり

 

思いやり予算、4.5倍に 米政権、80億ドル要求 日本側の反発必至」というセンセーショナルな記事が時事通信によって伝えられた。NHKでも報道されているところであるし、トランプ政権は韓国に対しても同じような要求を突き付けているところなので、事実であろう。

その背景にあるのは、言わずと知れたトランプ減税による財政赤字の拡大。額だけみればアメリカの財政赤字は日本以上。商売人であるトランプ大統領が短絡的に同盟国に対し無茶な要求を突き付けている。

しかしこれは、戦後アメリカが築き上げてきたことの「終わりの始まり」のように私にはみえる。あまりに無茶な要求をされれば、いくら仲良くしたいと思っていても出来なくなることがある。それは人間関係でも外交関係でも同じこと。

これに対して安倍政権はどのように対応するのか。私はかねてより沖縄の基地問題だけでなく、首都圏の空域問題に象徴される「占領が未だ終わっていない」かのような不平等な対米関係については見直すべきときが来ていると考えてきた。日米安保条約やその改訂にまつわる密約によって、日本がいつまでも戦後を脱することが出来ない状況について、なぜ大きな政治課題にならないのかが不思議でならなかった。

別に日米の友好・協力関係を見直せと言っているのではない。しかし、同盟国としてであっても対等な関係というものが望ましいことは言うまでもない。

辺野古基地問題についても、一部野党やいわゆるリベラル派市民が言うような、サンゴ礁や地盤問題などいわば小手先の理由でいくら反対を述べても問題が解決するはずもない。ましてやアメリカへの「請願」など、日本が事実上の植民地であることを自白しているようなもの。

(諸説ありますが)圧倒的な存在であった大国「隋」に対し、聖徳太子が「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す」としたためた精神に立ち返り、自立した国としてアメリカと真に対等な友好関係を築いていくのが戦後75年を経た現在における本当の外交課題。憲法9条改正問題もその先にある話ではないだろうか(「問題なのは憲法9条改正ではない。日本の安全保障の在り方である。」をご参照ください)。その思いを強くさせるニュースであった。