アメリカだけが友人でいいのか?

スーパーパワーを持つアメリカ・トランプ大統領が遂に露骨な対日要求を行った。

「友人の安倍総理大臣には、『日本はお金持ちの国なんだからいっぱいお金を出してアメリカを助けてくれ』と言っている」と。そして,「日本はきっとたくさん助けてくれるだろう」とも(NHK「トランプ大統領 在日米軍の駐留経費 日本に負担増を要求」より)。

ジャイアンの本領発揮だ。

 

以前のブログ「アメリカ一極支配終わりの始まり」でも触れたが,今のアメリカはあまり良い友人とは言えない。中国にも,EUにも無体な要求を突きつけ,強引に自国の利益を押し付けようとしている。このアメリカの態度に,中国は一歩も引かない構えであるし,フランスのマクロン大統領は,デジタル課税やNATOを巡ってトランプ大統領と正面からやり合っている。

しかし,安倍首相からは,今のところ毅然とした姿勢を見せる様子は見受けられない。

つい先日も,日本に利益となる事項については口約束程度しかない話で日米貿易協定が署名され衆院を通過したところだ。

 

さて,昔から根強く言われていることではあるが,最近のその声が高まりつつあるのが,野党は,自民党とは異なる,10年20年先を見据えた国家ビジョンを示せ,という声だ。

最近,桜を見る会が問題となった。これは前近代的な政治手法であり日本に相応しいものではないが(「桜を見る会,問題の本質はどこか」),ただし,それだけでは多少与党の足を引っ張る程度の話でしかない。こういった日米関係など国家の根幹的問題こそ,日本の外交・安保を根本的に見直していくきっかけとして野党が取り上げていくべきものだ。そして,アメリカの姿勢やおそらくはそれに追従するであろう日本政府をただ批判するのではなく,そのような不当な要求を拒絶できるための戦略を国民に示して行かなければならない。

先の「問題なのは憲法9条改正ではない。日本の安全保障のあり方である。」でも触れたが,日本の安定的平和やアメリカ,中国,ロシアといった経済,軍事面でのスーパーパワーと対抗というか独立性を保った外交関係を構築していくことは,日本一国では無理な話。アメリカとの関係も大切にしていかなけらばならないが,同時に中国,韓国,北朝鮮並びにこれから世界の主要な経済大国となることがほぼ確実な東南アジア諸国との友好関係は発展させていくことも欠かせない。将来的にはEUならぬAUのような経済関係を主体とした(今のEUも始まりは欧州石炭鉄鋼共同体ECSCだ)緊密な共同体を構築することも視野に入れていくべきだろう。

 

野党は目先の問題や,将来に対する無責任な感覚しか持たない旧来型の支持層受けする消費税反対をいつまでも唱え続けるのではなく,現実への対処に汲々とならざるを得ない与党からは口が裂けても言えないような骨太のビジョンを掲げ,来る総選挙に臨むべきであろう。

 

リニア・トンネル問題は静岡県のわがままではない。大規模トンネル渇水公害がその本質だ

リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事が進んでいないことについて、静岡県のわがまま、川勝静岡県知事の政治的思惑による駆け引きのせいである、といった論調の記事が目に付く。

しかし、これは大間違いで的外れな批判だ。

問題の本質は、トンネル工事によって南アルプスの地下水が抜けてしまうこと、そしてそこを水源とする大井川に起こると予想される渇水公害への懸念なのだ。その渇水公害は南アルプスの生態系に大きな影響を及ぼす。さらに、その下流の大井川は流域周辺の8市2町62万人の水道用水や農業用水、工業用水を賄う命の川。その大井川が渇水すれば、多くの県民の生活に大変な支障が生ずる。リニアのトンネル工事によって大渇水公害が発生しかねないのだ。

なぜそのような事態が心配されているのか。

南アルプスには造山運動の結果、各所に南北性の断層が存在する。断層には破砕帯と呼ばれる水を蓄えることの出来る地層がある。このため、山肌から浸透した雨水が、破砕帯に地下ダムのように蓄えられる。そしてその水は水頭圧という水自身の重みによる圧力がかかっている(被圧地下水)。その大量の被圧地下水が湧水として地表に戻り川の源流となっている。この被圧地下水が、トンネル掘削工事によって穴を開けられるとまるで噴水が噴き出すように抜けてしまうのだ。

 

さて、皆さんは丹那トンネル工事にまつわる話やその後何が起こったかご存知だろうか。

丹那トンネルの上部にある丹那盆地も、トンネルが作られる前は、破砕帯に蓄えられた地下の大量の水が水源となって豊富な水が湧き出ていた。この恩恵を受け、豊かな水田やワサビ田の耕作地帯であったのである。ところが、トンネル工事によって、この水が一気に抜けてしまい、丹那盆地も水枯れしてしまった。このため、稲作ができなくなり、酪農地帯に変容を迫られたのである。

有名な丹那牛乳は、丹那トンネル工事の弊害によりやむを得ず農業が転換したことに生まれたものだったのだ。丹那トンネル工事が出水対策に追われた難事業であり、多くの犠牲者も出したことは有名だが、環境にも大きな悪影響があったのである。

トンネル工事によって水枯れが生じるのは、何も丹奈トンネルに限られたことではなく、しばしばみられる事象だ。最近では長崎新幹線のトンネル工事により10カ所もの周辺で減渇水が生じ、水田に水が引けないなど大きな影響が出ている(西日本新聞「「川が枯れた」工事で地下水脈寸断?~」)。

そして他ならぬリニアの実験線でも、トンネル工事により、山梨県上野原市で水枯れが起きてその保障もなされている(「リニアモーターカー実験線の周辺で多発する”水枯れ”」)。

まさに丹奈トンネルで起きたことが再現されてしまったのだ。

この渇水問題がより大きなスケールで起きることが心配されているのが今回のリニアの南アルプストンネル問題なのだ。

JR東海は、トンネル工事に伴い流出する湧水をポンプを使って全量大井川に戻すと説明しているが、流出量予測も科学的根拠に乏しい。そして、その戻すといっている水は、渇水期の華厳の滝の流量に相当する毎秒2トン。これを500mも汲み上げて戻すことになるが、実は、この水は、トンネル完成後にトンネル内に漏水するものだけ。

真に問題なのは現在貯水されている大量の被圧地下水が、トンネルが掘削される際に山梨、長野両県側に一気に抜けてしまうこと。戻す水自体がなくなってしまうのだ。

山体に降り注ぐ雨水が地下に浸透し、貯水されるまでには百年単位の時間が掛かっている。時間をかけて蓄えられた大量の地下水が再び溜まるには同じだけの時間がかかる。

また、この抜ける水の規模は今までのトンネル工事渇水で起きた規模とは比べものにならない膨大なもの。JR東海が静岡県の有識者会議に示した資料によると大井川水系に直接関係する破砕帯だけでも、(平均的に)幅800m、深さ500m。そして長さは30㎞にも及ぶ。今までのトンネル工事でこれに比肩する破砕帯を貫いた例はなく、まさに未経験ゾーンといえる領域だ。

この巨大な地下ダムに蓄えられた膨大な量の水が抜けてしまえば、そこからオーバーフローして湧き上がる水は全てなくなり、大井川の源流の南アルプスの沢も枯渇する。生態系は壊滅するだろう。そして、ただでさえ流量不足が経常化している大井川水系が、地下水を含め枯渇することが予想されるのだ(静岡新聞「湧水県外流出「対策を」~」)

このため、川勝静岡県知事だけでなく、大井川の水に依存する10市町の首長がJR東海の金子市長の面会要請を拒否するなで強硬姿勢を貫いているのが現状なのだ(静岡新聞「リニア水問題、流域10市町が面会拒否」)。

ところが、JR東海の意を汲んだ御用記事はこの本質を覆い隠し、静岡県知事VS JR東海&他県知事の政治対立に問題を矮小化している。

そんな中、県内自治体で唯一、トンネル工事に理解を示しているのが工事区域が存在する静岡市。静岡市は一部山間部を除いて大井川水系ではないため、渇水が生じてもあまり影響はない。

だから静岡市長は新しいトンネル建設にJR東海が140億円の金を出すことを条件に工事についてJRと合意した(中日新聞「リニアトンネル工事 静岡市長「抜け駆け」一蹴」https://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/tokai-news/CK2019080402000097.html)周辺市町村のことはお構いなしとの姿勢だ。

言うまでもないが、住民の基本的な暮らしを支えるのが地方自治体の何よりの使命。その中でも「水」の確保は優先度が最も高いこと。お金では変えられないし、失われた水はお金で買うこともできない。静岡県知事や10市町の首長が徹底抗戦の構えを見せているのは当たり前なのだ。「静岡県のわがまま」という批判は的外れというしかない。

桜を見る会。問題の本質はどこか

安倍首相のホテル夕食パーティーの問題、野党や評論家の追求、ちょっとずれているのでは。

ホテル側がパーティー参加者の入出金を直接管理するというやり方は、相当程度に一般的な方法ではないが、しかしあり得なくはない。違法性をカバーするためにそのような形式をとったとすれば、しかも首相サイドの意向であるとすれば、ホテル側が協力してもおかしくはない。そして5000円という金額設定も、やはりあり得なくはない。一般的に立食パーティーでは人数分の料理を用意することが少なく、例えば出席者の4掛け程度しか用意しないということもよくあるので、いくらで元を取るかは主催者の設定次第。このケースではおそらく800名もの宿泊を伴っているのでどこで元を取るかはホテル側の考え方次第。

別に安倍首相の肩を持つわけではないが、批判する側にも批判の根拠となるエビデンスと論理が必要だと考える。

 

この問題の本質は、そこではなく、国費で一部の政治家の支持者のみを優遇したという道義的責任。桜を見る会が国費で行われ、そこに安倍首相の後援者のみが突出して優遇されて招待されたことに疑う余地はない。まるで独裁政権下の発展途上国のようなやり方が今の日本で許されるのか、という問題であろう。この点については、次の選挙で正されるべきである。

有力政治家の率直かつ優れた現状認識

国民民主党の前原議員が時事通信社のインタビューに答えられている記事を拝見した。

正直驚いた。(支持層の意向を考えて)ポジショントークが多くなりがちな有力政治家の方は,当然ながら本音を隠した議論が多くなる。しかし,それが野党の立ち位置をわかりにくくさせているし,野党への,国民の真の信頼を損なっている面がある。

しかし,このインタビューでは,野党にも幅があり,しかも旧民主党勢力に幅があることを率直に認められ,そこを無視して単に合流(文脈からすると統一会派結成のことではなくその先の新党結成のことを指しておられるようだ)しても逆に有権者からの不審を買って,特にリベラル保守層から票の離反を招くことを指摘されている。有力政治家の本音が語られているのだ。

 

前原氏は,

「一挙に一つになるより、リベラル保守とリベラル左派の大きな二つに分かれて選挙協力し、自公に対峙(たいじ)するのが現実的だ。」

とされた上で

「勝てば連立を組めばいい。立憲と国民だけまとまれば、うまくいく状況ではない現実は直視すべきだ。リベラル保守は維新と、リベラル左派はれいわ新選組と協力する。そこまでウイングを広げ、それが一緒になるのは国民からは理解不能だ。」

とまで語られている。

現実を直視されて得た優れた現状認識を,率直に披露されたものと言える。

 

さて,以前のブログでも書かせていただいたが,維新の党の是々非々の姿勢は,まさにリベラル保守層の共感を呼ぶところであると考えている。しかし,関西以外ではどのような党かという点について未だ認知度が高いとは言えず,もう一つ身近な存在になっていないという克服しなければならない点もある。ここに旧みんなの党のようなリベラル保守党ができ,政策的に近いであろう維新の党との一定の協力(地域事情に応じた統一候補擁立など)が成立すれば,その相互作用により,互いに相当数の議席を獲得して「リベラル保守」はかなりの勢力となるかもしれない。

 

そういったことも含め,前原氏のいわれるようなビジョンがあっての3会派合流であるならば,これからの政治は面白くなるかもしれない。

 

なお,消費税減税を柱に野党共闘を目指す動きに対して

「消費税を下げるとなると、ポピュリズムに訴える色彩が強くなる。財源論が必要だ。」

と明確にされている点も(誠に僭越ながら)高く評価したい。

 

アメリカ一極支配の終わりの始まり

 

思いやり予算、4.5倍に 米政権、80億ドル要求 日本側の反発必至」というセンセーショナルな記事が時事通信によって伝えられた。NHKでも報道されているところであるし、トランプ政権は韓国に対しても同じような要求を突き付けているところなので、事実であろう。

その背景にあるのは、言わずと知れたトランプ減税による財政赤字の拡大。額だけみればアメリカの財政赤字は日本以上。商売人であるトランプ大統領が短絡的に同盟国に対し無茶な要求を突き付けている。

しかしこれは、戦後アメリカが築き上げてきたことの「終わりの始まり」のように私にはみえる。あまりに無茶な要求をされれば、いくら仲良くしたいと思っていても出来なくなることがある。それは人間関係でも外交関係でも同じこと。

これに対して安倍政権はどのように対応するのか。私はかねてより沖縄の基地問題だけでなく、首都圏の空域問題に象徴される「占領が未だ終わっていない」かのような不平等な対米関係については見直すべきときが来ていると考えてきた。日米安保条約やその改訂にまつわる密約によって、日本がいつまでも戦後を脱することが出来ない状況について、なぜ大きな政治課題にならないのかが不思議でならなかった。

別に日米の友好・協力関係を見直せと言っているのではない。しかし、同盟国としてであっても対等な関係というものが望ましいことは言うまでもない。

辺野古基地問題についても、一部野党やいわゆるリベラル派市民が言うような、サンゴ礁や地盤問題などいわば小手先の理由でいくら反対を述べても問題が解決するはずもない。ましてやアメリカへの「請願」など、日本が事実上の植民地であることを自白しているようなもの。

(諸説ありますが)圧倒的な存在であった大国「隋」に対し、聖徳太子が「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す」としたためた精神に立ち返り、自立した国としてアメリカと真に対等な友好関係を築いていくのが戦後75年を経た現在における本当の外交課題。憲法9条改正問題もその先にある話ではないだろうか(「問題なのは憲法9条改正ではない。日本の安全保障の在り方である。」をご参照ください)。その思いを強くさせるニュースであった。

【国会報告】麻生大臣、黒田総裁がMMT導入を明確に否定

昨日の財務金融委員会で、私は最近の懸念の幾つかを麻生大臣に率直にぶつけてみた。そうしたところ、麻生財務大臣が日本におけるMMT導入を、強く明確に否定された。午前中、他の委員の方の質問に答えた日銀黒田総裁が明確にこれを否定した(ロイター参照)のと合わせ、政府における財政策のトップと中央銀行のトップの両者がMMT否定について明確なコメントを発したたことになる。

この意義は大きいのでご紹介する。なお、この機会にステーブルコイン(リブラ)、そして中央銀行バブルについても質問したので、補足として記載しておく。興味のある方は続けてご覧いただきたい。

 

【質問】

私、最近すごく心配しているのは、MMTと言われる理論、これに注目されることが、与野党の政治家を問わず、あるいは市民の方にも膨らんできている。ただし、日本においては、御承知のとおり、ここ七、八年、歳入面で六割から三割、国債に依存している状況にある。一方で、社会保障費は年々膨らむしかないような状況になっております。

こういった国が仮にMMT的な声が高まって国債依存度を高めれば、急にやめることは不可能なわけですから、大変な事態が起きる。ですから、私は、日本においては、MMT的な、余り国債に頼るような政策、それでもって景気を回復させていくという政策はとりにくいんだと思っておるんですけれども、これについて、大臣の御所見をお伺いしたいと思います。

 

【麻生国務大臣】

MMTの言っていることは、自国の通貨で全て賄っている国、例えば、日本とアメリカとデンマークとスイスぐらいかな、今四カ国ぐらいだったと思いますけれども、自国通貨だけで通貨をやっておりますので、これはデフォルト関係ないんだから延々と出せるんだと、極端なことを言えばそういう話をしておられる。

アメリカで、一部の国会議員が強硬に主張されている。政府債務残高はどれだけあっても問題ないんだという話ですが、これを実行した国は一つもありませんので、その意味では、私どもとして、この実験を日本でやって、日本の金融マーケットを修羅場にするつもりは全くありません

それから、財政がとめどなくなるという話ですけれども、きちんとマーケットというものが世の中には存在しますので、そのマーケットの反応というものが極めて大きな要素であって、その中において、この出しておる国債は必ず返済されるものだという信用があって初めてマーケットが成り立ちますので、そういった意味では、市場の信認を確保するということで、我々としては、二〇二五年(PB均衡目標)とかいろいろな形でそういった対応を続けていきますということを申し上げさせていただいておりますので、今の状況というものは、私どもは、MMTというような、余りよく、私どもから見ると極めて問題点の多い、そういった理論によって我々は財政運営をするつもりはございません

 

 

 

(補足)

私のそのほかの質問要旨は以下のとおり。

 

1 リブラ

ご存知のとおり、リブラとはFacebookなどの巨大企業が連合して発行を企画している暗合資産。通貨バスケット(ドル、ユーロ、ポンド、円、シンガポールドル)とのペッグが予定されているのでステーブル・コイン(法定通貨を裏付けとしたデジタル通貨)の一種とされている。

この構想に対して、G7、G20では強い警戒感が示され、合意によるコメントまで発表されている。コメントでは、表向きは個人情報やマネーロンダリングへの懸念が表明されているが、各国の 財政・金融当局の本音はどうだろうか。

私には、通貨当局の懸念は、最近の行き過ぎとも思える通貨増発政策により世界中で通貨への信頼が失われつつあることに 対応してリブラが登場し、だからこそあそこまで各国が強調してこれを阻止しようとしているように見える。

今まではドルが「世界通貨」の覇権を握り,発展途上国などで自国通貨への信頼が揺らいだ場合,ドルがまるでその国の通貨のような役割を担い,ドルでなければ受け取ってもらえない,品物と交換してもらえないという事態も生じてきた。ペッグの中に入っていない国々では,こういった事態がより容易に生じることとなる。自国通貨よりもリブラが嗜好される,すなわち通貨発行権益が失われる恐れがあるのだ。

だが,リブラによって通貨発行権益が失われる恐れがあるのは通貨バスケットに入っている通貨を発行している国々にも一定程度共通する。バスケット内の通貨を発行する国家においても、為替レートの変動により自国通貨とリブラの交換比率に影響が出るため、通貨に対する信用(安定性)に対する不安があれば、自国通貨よりもリブラが流通の主役となることも考えられる。貨幣の主役がリブラなどの民間貨幣に移る可能性があるのだ。そして,それは現在は世界通貨となっている米ドルについても同じだ。だからこそ,ビットコインなどには鷹揚であった米議会やFRBが,公聴会を開いてザッカーバーグなどを激しく追及し,なんとかこれを阻止しようとしているのであろう。

そして,そのような懸念をアメリカを始めとした各国財政・金融当局が抱かざるを得ないのも,自ら巻いたタネではないのか。アメリカ,ECB,日本などがこぞって行っている中央銀行の今の行き過ぎた通貨増発政策と,これによって支えられている各国政府の拡張的財政政策について、各国金融当局自身が不安を抱いていることが背景にあるのではないかと考えている。

 

麻生大臣からの答弁は概略以下のとおり(以下私が要約している部分あり)。

「たらればの話でありますけれども、このグローバルステーブルコインとか、セントラルガバメントの出しますデジタルコインとか、そういったものについて、今、各国の金融政策に対してどのような影響を与えるであろうかという仮定の質問なんですけれども、これは懸念があるのは事実だと思うんですね。それに加えて、それが出されたときにマネロン対策どうするのとか、また、金融市場のスタビリティーは、安定性はどうなるのとか、使った使用者、利用者の保護とか使われたデータの保護とかいった政策上とか規制上のいろいろリスクを生じさせるんじゃないのって、これはいずれも全部懸念を申し上げているんですけれども。こういった問題意識に立って、ことしの十月の、いわゆるワシントンDCにおいてのG20の会合においては、この種の、グローバルコインとか類似の商品というものの取組が生じさせるであろうリスクについては、このプロジェクトのサービスというものが仮に開始されるとするなら、その前までにきちんと吟味され、適切にそれを対応する方法というものをきちんとつくっておく必要があるということで、これはG20、中国、アメリカ、皆含めてこれを合意ということで、この意識は皆合意していますので、自分たちでそれをやった場

合、自分たちにも影響が返ってきますから、ということで合意しておりますので。」

 

(答弁を受けての私の意見)

広い意味での通貨発行権益、つまり、国債などを発行して、例えば日銀なりFRBがこれを引き受けていくことができる、それが最後の支えというか担保になっているかと思うんですけれども、そこが侵されていく可能性がある。

なので、やはり、グローバルコイン、ステーブルコイン、こういったものに対しては警戒が必要であるとともに、そういったものが国の発行する通貨よりも信頼されるような事態というのが生じるのを避けるというのは非常に重要なことだと思われる。

 

2 中央銀行バブル

今、ニューヨークの株式市場、どんどん史上最高値を地道に更新し続けている状況にある。それから、不動産市場も同じような状況だ。こういった、資産インフレともいうべき現物の上昇があり、金も値上がりを続けている。この原因は、通貨の異常な発行(増発)が続き、同時に異常な低金利が続いていることに関して、投資家が嫌気を差してほかに行くところがないから現物に流れ込んでいるんだ、こういう見方がある。

つまり、これは見方を変えれば中央銀行バブルであるし、各国の財政赤字を基調とした財政政策というのは、こういった中央銀行バブルに支えられている反面がある。

こういった懸念に関して、麻生大臣にお尋ねした。

 

麻生大臣からの答弁(要約あり)は概略以下のとおり。

「世界中で超低金利というような形の緩和的な金融環境によって、グローバルな世界においての現物資産というものが、バブルが生じているのではないかということだと思いますが資産価格というのは、企業や経済のファンダメンタルズというものの見通しで投資家がさまざまな形でつくっていきます。

また、アメリカとか欧州の場合は、経済状況や金融スタンスはそれぞれ、スタンスがさまざまでありますので、資産価格全般については一概に申し上げることは困難です。

その上で、日本について申し上げさせていただければ、少なくともこの七年間で、大胆な金融政策を含めて私どものやった結果、企業収益が向上したし、雇用も所得環境も改善もしたということによって、経済のファンダメンタルズというものの回復の中で、株価や土地というものも上昇傾向にあった。少なくとも、八千円ぐらいだったものが二万三千円まで上がってきているとか、いろんな形で、はっきりした形で数字でも出てきておりますので、そういった状況がこの七年間続いてきた。

正直、税収も、おかげでバブル前までほぼ戻ってくるところまで来て、四十五兆ぐらいまで落ちたものが六十兆近くまで上がってきておりますので、結構なことだとは思いますけれども、しかし、まだ三万八千九百円には行っていないじゃないかと言われればまだ行っておらぬわけですから、そういった意味では、緩和的な金融環境というのが続いていく中ではありますけれども、資産の価格というものの動向を含めまして、金融面での脆弱性というものが、蓄積については、これは、金利を見ましても何を見ましても、国内外ともに、引き続きよく見ておかないかぬという大事なところなんだと思っておりますので、私どもは、この種のところは日本以外の国の動向を含めましてきちんと見ておかないと、最近はすぐ影響が出ますので、そこらのところもよく注視しつつ、対応をしてまいらねばならぬと思っております。」

 

(答弁を受けての私の意見)

バブルは終わってみなければわからないというような格言めいたものもございますが、バブルが急にはじけると大変な迷惑をやはり国民もこうむることになりますので、ぜひ、その辺、注視をお願いしたい。

後期高齢者医療制度と介護保険はどう変容していくのか

昨日、財務金融委員会の後、夕刻からの国会図書館政策セミナー「医療・介護分野の給付と負担」に出席した。この国会図書館のセミナーはテーマの選択が時宜を得ていて、なおかつ中身も充実しておりとても勉強になり楽しい。議員の本人出席が少ないのが不思議なくらいだ。

さて、今回のテーマは、先日静岡県立大学の鬼頭学長にお会いした際に将来の人口構成の厳しい変動について丁寧にレクチャーして頂いて以来、頭から離れることのない課題。

2050年に向けて65歳以上の人口は今の約3割から4割に増え、15〜64歳の人口は今の6割が5割に減る。つまり合計2割も社会保障にとって厳しい方向に人口が動くのだ。

今回のセミナーではこういった人口構成の変化を背景として、後期高齢者医療制度の勤労者並みの負担増(所得に応じてではあるが現役世代並みの3割自己負担など)や薬剤の保険適用外を進めること、そして介護保険分野での給付絞り込みも諮るなどかなり厳しい社会保障改革が現在進行形で企図されつつあることを教えていただいた。

当然の事ながらこれらの内容は高齢者に厳しい。平成28年度の厚労省調べによれば、15〜44歳世代ならば年間医療費は12万円、自己負担は4万円に満たない。しかし75歳以上の医療費は約91万円、同じ3割自己負担であっても約27万円にも上る。その差は大きい。

話を聞いていて、深刻な気持ちにならざるを得なかった。

こういう話を聞くと、一部野党やその支持層はすぐに高齢者切り捨てとかといって騒ぎ始めるかもしれない。しかし、私が深刻だと思ったのは別のこと。これだけの厳しい内容でも人口構成の大変動が収まる2050年までを見据えた骨太の改革ではなく、単なる弥縫策に過ぎないものであろうという事実だ。

このようないわば受益者にとって後ろ向きの改革が続いていけば、若い世代が社会保障を必要とする年代になった時、後期高齢者医療制度も介護保険も有名無実なものとなっていかねない。若い世代にとってみれば、年長世代を支えるだけ支えて自分にはリターンなどない、そんな「ふざけるな」と叫びたくなるような未来が現実に迫りつつある。

 

これだけの重い未来が既に現実化しつつある中で、そんなことはどこ吹く風と言わんばかりに山本太郎氏らのれいわ 新撰組は消費税減税で協調出来なければ次期衆院選で独自候補を立てると宣言し、野党内部においてポピュリズムの攻勢は強まっている。

与党は与党でその場凌ぎの政策に終始しているが、一方の野党の側も今さえ良ければそれでいい、というのであれば若者世代のお先は真っ暗なままだ。

今まで提言してきた財政収支や国防・外交と共に、この日本の近未来に立ちはだかる最大の課題についてこそ与野党がそれぞれのビジョンを根拠を持って提示し、世代間不公平の解消に向けて真剣な論争を行うべきだ。

私見では、支出において聖域なき医療制度改革を図ると共に、歳入においては法人税と消費税上げで安定的財源を確保すべきだと考えている。その匙加減は、かなり正確に予測可能な将来人口構成に対して現在の統計的データを折り込んでそこから逆算した行くという手法が合理的だろう。

本来ならこういった骨太なテーマを正面から掲げて国民に提示して、与党と対峙していく政党があってもいい時代だ。今はまだここで呼びかけることしか出来ない自分が歯痒いばかりだ。

問題なのは憲法9条改正ではない。日本の安全保障の在り方である。

ここ1,2年における主要な政治課題の一つは、間違いなく安倍首相の掲げる憲法9条改正問題となるだろう。

安倍首相は,9条改正が必要な理由について「自衛隊員がかわいそうだ」と情緒的な側面のみ強調している。自民党のHPに置かれている憲法改正を解説する漫画でも,同じことが家族の会話という形式で説かれている。

 

しかし、その表向きの理由を本気で信じている方がどのくらいいるのだろうか?

今回の9条改正は、アメリカとの共同軍事力行使を可能にするための一連の法整備の総仕上げであることは明らか。

平成24年から平成27年にかけて行われた安保法制(平和安全法制)整備については激しい議論や反対運動を呼んだが,法的にみて極めて重要なトピックスというかマイルストーンであったのが,平成26年7月1日の閣議決定。安倍内閣がそれまでの政府の憲法解釈を変更し,個別的自衛権だけでなく集団的自衛権における武力行使を容認すると共に,国連による集団安全保障においても,自衛隊の果たせる役割を一歩進めたものであった。

これらの一連の法整備の背後にあるのは,よく言われるようにアメリカの世界戦略プログラムであろう。数次にわたるアーミテージ・ナイ報告書において,自衛隊のあるべき姿や日米軍事協力が段階的に「進化」させられている。そこから読み取れるアメリカの意思というか思惑は,自衛隊と米軍の連携・強力関係を更に押し進め,他国からみれば軍事的に一体であると見做されるようなレベルにまで日米(軍事)同盟を進めていくというものだ。

イージスアショアが秋田県や山口県に配備されたのは何のためか?いずもの空母化は何を目的としたものか?既にその路線に沿った既成事実が着々と作られているのだ。

 

さて,話を元に戻そう。私は憲法改正絶対反対論者ではない。いかに硬性憲法の色彩の強い日本国憲法であっても,不磨の大典ではない。

時代というか立法事実が変化すればそれに対するルールが変化するのはいわば当たり前。

しかし,ルール変更,しかも国の行く末を大きく左右する基本ルールの変更にあたっては,その必要性や狙いをルールの適用を受ける当事者(すなわち国民)にハッキリと説明し,理解を得て取り組むべきものである。肝心なのは「ルール改正」ではない。ルール改正を必要とする理由や,ルール改正によって見込まれる効果をきちんと説明し,ゲームに参加するプレーヤーの理解や賛同を得ることなのだ。

しかし,まさにその点が欠けているため,今の与野党の憲法9条を巡る議論にはまったく賛同できない。

入管法改正案の審議のときもそうだった。入管法改正は,外国人労働者の5年を超える日本在住を可能にするものであり,10年の居住を要件とする永住権の取得に道を開いたもの。すなわち,これまで鎖国状態にあった日本に移民を解禁するという,極めて大きな政策変更をその実質とした法案であった。人口減少だけでなく若年世代の減少により,労働力が極端に不足しつつあり,経済発展どころか現状維持もおぼつかない今の日本社会に,欧米諸国と同じように規模的に大きく移民を受け入れて国力維持を図る狙いがあったことは否定し難い事実であろう。10年経てば自然にそうなるからだ。

だが,政府はその点(永住権付与の基礎的条件となるのか)を聞かれても曖昧な答弁を繰り返すだけであったし,野党側も過去の外国人労働者に対する不当な扱い事例を批判するだけで,人口政策・労働政策あるいは移民に関するビジョンを明確に示すには至らなかった。

 

憲法9条改正についても同じだ。今の安倍政権の憲法9条改正の国民への提示の仕方はまさに子ども騙し。先に述べたとおり,今,憲法9条を行おうとする自民党・安倍政権の本当の狙いは日米同盟というか日米共同軍事体制の一層の進化を可能にするため。

誤解されないよう言葉を足せば,その背景にある目的自体を悪として一方的に否定するつもりはない。

だが,少なくとも民主主義国家であるなら,正当な民主主義の手法として,その目的を正々堂々と国民に提示して,理解と選択を仰ぐべきであろう。

立法事実として,少なくともアメリカ側からの日米共同軍的な運用への要請が強まっているのは事実であるし,対米折衝にあたっている政権与党として,日本にとって主要な同盟国というか現状唯一の存在であるようなアメリカの要請に対応するため憲法9条改正が必要である,と国民に提起することはある意味当然の選択肢。そして,戦後75年に渡って維持されてきた日米同盟を堅持し,さらにそれを強化していくというのも,一つの有効な政策ではあろう。

 

ただし,その選択は,真の独立国としての主権を放棄している体制が今後も続くということを意味する。沖縄の米軍基地問題はいつまで経っても解決しないであろうし,首都圏上空の管制圏がほとんどアメリカに握られたまま,という異常な事態が続いていくということを意味する。さらに今後懸念されるのは,アメリカが過去定期的に行ってきた必ずしも正当性があるとは限らない戦争に日本がより深く関与し,いつの日にかは自衛隊員の人的犠牲が出ることも覚悟しなければならない,ということである。

 

一方で,別の立法事実もある。

トランプ政権が激しく対中貿易戦争を仕掛けているのは,中国がアメリカに対向しうるもう一つのスーパーパワーとしての地位を確立しつつあるからだ。

日本の安全保障の観点-今後も戦争のない平和な時代を続けていこうと思えば,近隣諸国との友好関係を発展させることも日米関係と同様にとても大事な条件となってくる。アメリカにおいて,カナダやメキシコとの間で武力紛争など考えられないのと同じように,日本が安定的な平和(それこそが安全保障の究極の目的)を維持しようと思えば,中国,韓国,北朝鮮並びにこれから世界の主要な経済大国にのし上がってくることがほぼ確実な東南アジア諸国との友好関係は欠かせない。

そうであるならば,アメリカとの片面的かつ一極的な友好関係のみをどこまでも追求するだけではなく,そういった真の安全保障の達成から逆算するような現在の安全保障のあり方を検討する必要がある。

その役割を果たし,もう一つの選択肢を国民に提示すべきは,安全保障についての対案を示すべき野党の側にある。

 

そういった,日本の将来の安全保障の立て方の議論の果てにあるべきが9条改正問題なのだ。

だが,今のところ与野党においてあるのはその他の政策や法律議論と同じ,皮相的な議論のやり取り。

自民党は衣の下に鎧を隠し,耳障りの良い建前だけを国民に提示する。

野党の側にも,問題の本質的な部分をえぐり出すような議論はみられない。従来の支持層であるリベラル・左派の現実を無視しているかのような9条擁護論から脱却しているようには見えない。

憲法9条改正を議論する前に,日本の安全保障ー平和の維持のために,現実や近未来のパワーバランスに関する予測を踏まえ,どのような戦略を立てているのか,まずは各党はその点を国民に提示すべきだ。

その上で,その戦略実行のために憲法9条を変える必要があるのか,変えるとしたらどう変える必要があるのか,それを提示するのが筋であり,それが民主主義国家の正当なあり方であろう。

ランダル・レイ教授からの手紙

10月10日よりMMTの大家ランダル・レイ教授が来日される。国会でも議員会館でシンポジウムに登壇されるとのこと。私は、日本にMMTを基盤にした拡張的財政政策は適用されるべきではないと度々発言してきた。PB均衡とはかけ離れた日本の国家財政の現状からすると、インフレが生じたからといって直ちに中止はできない。したがって、インフレをコントロールできなくなるのでは、という懸念があるからだ。

もう一つの懸念は、通貨安。1990年代のポンド危機は、虎視眈々とその機会を狙っていたジョージ・ソロス率いるクオンタムファンドの売り浴びせの前に、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行が破れ、ポンド安が止まらなかったものだ。これと同じことが、MMT的な政策を提唱する政党や政治家が主導権を取ったその瞬間に起きても不思議ではない。

 

以上は、日本でMMT政策を取った場合のいわば副作用たるものであるが、効能の点でも日本において効果があるのか疑問がある。

そこで、先般、私の懸念についてランダル・レイ教授ご本人にメールにてお問い合わをしたところ、教授から早速丁寧なご回答をいただいた。レイ教授に心より感謝申し上げると共に、その質疑の部分をご紹介させていただく。(なお、質疑部分については公開させていただく可能性のあることを事前に申し上げている。)

 

[レイ教授への質問]

1. 日本においては,失業率が2018年平均で2.4%と極めて低い水準にあります。これは急激な人口減少の過程にある日本において労働力不足が顕在化したものと考えられます。現在の失業率は,一般に言われる自然失業率の範囲内と推測され,事実上の完全雇用状態にあるものと考えられます。一方で,生鮮食料品を除く物価上昇率は2016~2018年(各年平均)は-0.3~1%で推移しており,物価は安定しております。

 以上によれば貴殿の著作に記された貴殿の意見である「最善の国内政策とは,完全雇用と物価安定を追求することである」は,日本においては既に達成されており,MMTが提唱する通貨増発による積極的財政政策を取る必要がある状況にはないと考えていますがいかがでしょうか。

 

2. 日本の国家財政(一般会計予算)における国債依存度は,2009年~2019年において,51.5~32.1%を占めており,極めて高い状況です。このような財政事情下において,さらに景気浮揚のために国債増発を行い,積極的財政出動を行うことを実行した場合,インフレが生じる恐れがあると考えられます。仮にインフレ・ターゲットを2%に置いたとして,これを越えるインフレ率となった場合においても,その恒常的な国債依存財政体質からして,国債発行を緊急に縮小することは困難と考えられ,その場合インフレをコントロールすることが困難となる可能性があるものと思料いたしております。したがって,日本の財政状況に鑑みれば,MMTによる積極的財政出動をなしうる基礎的条件を欠くものとも考えられますがいかがでしょうか。

 

3. 以上について,1,2を総合した観点から異なる結論は導かれるのでしょうか。

 

[レイ教授からの回答]

ご質問いただきましてありがとうございます。

 

測定された失業率が低く、平均インフレ率がゼロをわずかに上回る水準であることは承知しています。消費の伸びが弱いことを主たる要因としてGDP成長率が低迷しています。私は、「成長のための成長」を支持していないことをここに強調しておきたいと思います。重要なのは、全ての人々に対して最低限の生活水準を保証することです。これを実現できないほどに日本の平均成長率が低いのかは分かりません。

これは日本が決定すべき問題です。但し、不本意な退職を余儀なくされた人々が必ずしも考慮されていないため、失業率の測定値は大きな誤解をはらんでいる可能性があります。日本国外において、これは年配の男性労働者、そして恐らく他の複数の集団において問題化しているとの見方が一般的です。その数が増加することで、「労働力の減少」がもたらされます。

 

貴殿がご指摘になった赤字と負債については、十分に理解しておりませんでした。政府債務の金利が非常に低いため支出は低水準に留まっていますが、債務比率が高く、低金利による恩恵が相殺される可能性があります。金利支払いのための政府支出は消費や投資に対する追加支出を促すものではなく、成長をもたらさないという点において極めて「非効率」であると言えます。

一方、添付の文書において論じている通り、債務比率の高い日本が取るべき対策は2つです。成長速度を加速させることで、赤字比率を下げ、債務問題を軽減できる可能性があります。成長速度を加速させるためには、(金利に対してではなく、成長を促進する分野において)対象を絞った支出を行うことです。これについては、10月10日に来日した際にご説明させていただきます。

 

 

 

 

この質疑について皆さんはどうお考えになったであろうか。

私自身は、最初の質問に対するレイ教授の答え、「成長のための成長」は支持していない、という回答が極めて重要だと思っている。問題は、日本の国内状況が「すべての人にまともな生活水準」が提供されているかどうかであり、その判断には、ナショナルミニマムとしての社会保障の水準がどのレベルにあるのか、というところが深く関係してくるであろう。弁護士として社会的弱者にある方に生活保護受給のお手伝いをしている経験からすれば、十分な満足とまではいかないものの、最低限度の文化的生活は確保されているものと考えている。

 

また、2番目の質問に対し、政府の債務比率が高いため、低金利のメリットが相殺されるということ、政府財政における利子支出は、消費と投資へのさらなる支出を刺激しないという点で非常に「非効率的」である可能性があり、成長をもたらさない、という指摘も日本においてMMTを適用すべきという論者が汲み取っていない意見だと思われる。日本の現状のようなあまりにも大きな政府債務残高や、さらにそれを拡大させるような拡張的財政政策は、非効率を加速させるというマイナスがあるのだ。

また、レイ教授は、添付していただいた「MMT and Two Paths to Big Deficits」というファイルにおいて、政府の投資先として「Green New Deal」を提唱されている。現金のバラマキや旧来型公共投資への支出を必ずしも肯定されているとは限らないところも注目すべき点だ。

 

さて、私は冒頭に述べたとおり、MMT理論の日本におけるその適用については賛成するものではないが、従前の経済学が真剣な分析を行って来なかった「貨幣」とは何か、という問題(「The Money」参照)についてMMTが正目から取り組んでいることには強い関心があり、注目している。

私の2番目の質問に関連する詳細な言及、そして「ターゲットを絞った支出(関心ではなく、成長を促進する分野において)」についてのレイ教授のシンポジウムでの発言は非常に楽しみでもあり、また皆さんに紹介したいと考えている。

歴史的勝利に思う

昨日のラグビーW杯で日本代表が、世界最強チームともいわれるアイルランドから歴史的勝利を静岡県のエコパスタジアムで挙げた。

その歴史的瞬間を幸運にもその地で目撃した。

 

日本を応援する観客のほとんどが善戦を期待して、はるかアイルランドから訪れた緑色をまとったアイルランドサポーターは勝利を確信して、スタジアムに臨んでいた。

しかし、アイルランドサポーターの地の底から響くような応援はやがて静かになり、日本代表を応援する手拍子や叫び声がスタジアムを覆っていった。

 

ヘッドコーチは、前大会でやはり奇跡といわれる南アフリカ戦の勝利をもたらしたエディー・ジョーンズに続き、今大会はやはり外国人のジェイミー・ジョセフが指揮をとった。そしてキャプテンは、リーチ・マイケル。途中交代で、観客の大歓声を浴び、押され気味だった雰囲気が一気に変わった。逆転トライを挙げたのは福岡堅樹。見事な繋ぎの最後を締めた。同じくらい重要だったのが、PGを決め続けた田村。前半最後の長い距離のPGを決めたことが逆転の雰囲気を作っていった。

 

 もっとも番狂わせの少ないスポーツと言われるラグビーで、格上と言われ、今まで勝ったことのなかったアイルランドに日本が勝てたのはなぜか。

一夜明けて思うのは、今回の勝利は、外国人と日本人の力のまさに融合だったということ。今回の勝利を日本人の力だけで成し遂げられなかったことは誰にも異論がないだろう。

ラグビーの代表資格を外国人が得るためには、日本に継続して3年以上住んでいればいい(ただし、他国で代表経験がないこと)。だから、世界中からチャンスを求めて日本のトップリーグに優れた選手が集まり、今回の最強チームをはぐくむ培地となった。

 

このような視点をもつことは、他の分野でも当然必要なこと。例えばアメリカに世界のトップを目指す若者たちが集うのは、スポーツに限らない。ITや、物理、医薬の研究者。俳優もそう。アメリカ経済が世界一であるのは、政府が公共投資にお金を費やしているからではない。

アニマルスピリットを持つ世界中の人々が成功や、より自由な競争環境を求めて集って、その集積が新しい発展の原動力になっている。

 

アメリカのように、世界中からトップクラスの学生や研究者が広く日本に入ってきてくれなければ、日本の経済や企業活動が、ガラパゴス的にではなく,世界に対して再始動することはないだろう。そのための環境整備は遅れている。

 

それだけではない。外国人労働者に支えられなければ、大企業というよりもむしろ中小企業ほど企業活動を行うのも困難なのが現実。東京の小売・サービス業(コンビニや飲食店)で外国人が店員をされているのは、都会に居住されている方もご存じだろうが、地方にはまた別の姿がある。都会の人たちはその実態を知らないだろうが、日本人がやりたがらない水産加工業や農業などでを支えているのは外国人労働者。まさに、縁の下の力持ちとなってくれているのが現実なのだ。

それだけではなく、語学留学の名の下でどれだけ多くの外国人が勉強と労働を並立させて、過酷な環境の中で働いてくれているのか。

 

一方で、最近心配なのが外国人労働者についての日本人の感情。このところ、主にTwitterでMMT信奉者の方と議論をすることが多いが、共通するのは「バラマキ万歳、借金拡大による財政拡大で経済発展、移民(外国人労働者)排斥、反対する議員は馬鹿なので辞めろ」という感情むき出しの、EUの極右政党支持者のような大合唱だ。前二者については、いくら説明しても副作用があることや発展を遂げた日本ではその効果が一時的に過ぎないことについて聞く耳をもってくれず、既に思想というか信仰のような域に達しているのでもうあまり議論してもしようがないかなと思っている。彼らが政権を取らない限り、それが実現することはないからだ。

しかし、移民(外国人労働者)排斥は、仮に彼らが政権を取らないとしても、日本を下支えしてくれている外国人に嫌な思いをさせることに繋がっていく。そして、外国人労働者が日本から消えれば、その力に支えられている産業も日本から消滅する。

 

繰り返しになるが、選挙に勝つ為なら何をやってもいい、ということではない。タレント議員を擁立するくらいならまだ可愛いが、だれかを傷つけるような扇動の仕方は慎まなければならない。そのようなやり方が何を産んだか。第二次大戦前に、ヨーロッパで、そして日本で、大衆扇動がどれだけの結果をもたらしたのか、一度立ち止まって考えてもらいたい。