都構想反対派の本質

またぞろ山本太郎氏が質の悪いネガティブキャンペーンを繰り広げている。

再び大阪入りされて、大阪都構想について、

 

「大阪に関係ないやろと言われるが、首を突っ込まないといけない。大阪は日本第2の都市。大阪が都構想や市の廃止によって衰退してしまえば、日本全体が沈んでしまう話になる」

 

と演説したとのこと(デイリー)。

豊臣秀吉の時代以来、元々東京と遜色ない2大都市であった大阪が、大阪府と大阪市の無協調な行政によって、無駄な投資が膨らみ逆に必要な事業が実施されてこなかったことによって発展が阻害されてきたのが明治以来の近現代史。

その大阪市を、再び日本を代表し東京都と並び立つ2大都市にするための意欲的改革が今回の都構想。何をどうひっくり返すと大阪の衰退や、日本全体の衰退に繋がるというのか。

彼の言葉だけの扇動者という本質が、如実に浮かび上がってきている。

 

また、

 

「「大阪市が持っている権限や力、お金を府がむしり取る。府によるカツアゲ、ネコババが始まる」」と熱弁。都構想で、住民サービスは間違いなく低下する」

 

と主張したそうだが、しかしそんなことは起こりえない。

都構想は、行政機関の間の権能の整理が本質。大阪市と大阪府の権限および財源の区分けが変わるだけ。

簡単に言えば大阪市が作っていた道路や施設を大阪府(将来の大阪都)が作る、大阪市がしていた行政サービスを特別区がより丁寧に行う、と言う風に行政サービスの主体が整理されるだけなので、税金の使われ方に変化がある訳ではない。したがって、理論的にも現実的にも市民にとって特に不利は生じない。大阪府にも特に有利は生じない。

 

ではなぜ行政機関間の権能を整理するかといえば、効率を良くするため。有名なWTCとりんくうゲートタワービルが代表例だが、二重投資の無駄で数千億円単位の税金の損失が出ていることは大阪市民の方がご承知の通りのところ。今ここで整理しなければ、今後も権能が重なり合っている上水道施設の再整備などでやはり同様の多額の無駄が生じるだろう。

それだけでなく、高速道路や鉄道整備なども広域的視点で行っていく必要があるところ、行政機関同士の縄張り争いや意地の張り合いなどで阻害されれば、未来に向けての有効な投資や開発が進まず、東京圏に置いて行かれる状況が続いてしまう。

 

人口減少と人口構成の変化によって、「このまま」が続けば2050年に向けて急激な縮小が避けられないのが日本という社会。

現状維持を望むことさえ、「このまま」では不可能。

改革と改善の余地があるのであれば、ためらうことなくチャレンジしなければならない。

 

左派が「革新」と呼ばれたのは今は昔。現在の彼らはただの守旧派であり悪い意味での保守派。残り少ない既得権益とまさに「保守」的思想に必死でしがみついている。「変わらないことだけが良いこと」なのだ。

山本太郎氏と同様、根拠もなく「住民サービスの低下」を前面に打ち出してキャンペーンをしている保守勢力も、要は自分たちのポジションと権益を守りたいだけ。大阪市民ではなく、自分たちの利益と地位にしか目が向いていない。

 

山本太郎氏はこう結んだという。

 

「なぜ大阪市民だけ住民投票をするのか理由を考えて欲しい。大阪市民が損をする可能性がある。マイナスな面があるから、ジャッジしてほしいということ。大阪市民にとってメリットはない」

 

再び言うが、彼の言うことは驚くほどの詭弁。そして事柄の本質を逆に良く表している。

大阪市民にメリットがないのであれば、大阪市にもメリットはない。両者は運命共同体だ。大阪で圧倒的な実績を積んで支持を得ている松井市長と吉村知事がなぜ、都構想を強く訴えているのか。

それは、「大阪市民が得をする可能性が強い」からだ。

マイナスの面があるなら、なぜリスクをおかして市民にジャッジを求めるのか?少し考えればわかるあり得ない話だ。

市民にとってプラスの面があるからこそ自信を持って「ジャッジを求める」のだ。

 

結び。メリットがないのは市民にとってではない。

「既得権益で利益を享受し、安穏とした地位に今後も居座り続けたい政治勢力」だ。

彼らにとって、「マイナスの面があるからこそ」必死になって反対を続けているのだ。

 

政令改正で何が変わったか、を解説する

新型コロナウイルスの取扱いについて,一部の方に誤解があるようなので少し解説を。

元々,新型コロナウイルスは感染症法上の〇類と定められているものではない。政令において,感染症法上の様々な措置についてどのような扱いとするか定められており,その定め方のほとんどは2類に相当するものだが無症状病原体保有者も入院とする扱いは1類相当だったので,1・2類相当といわれていたもの。

 

それが、安倍首相退陣の前後において、「2類→5類」と緩和する方向性が示された。

8月28日の新型コロナウイルス感染症対策本部決定において、

「指定感染症として行使できる権限の範囲が、当時の医学的知見を踏まえ、結核やSARS、MERSといった二類感染症以上となっている。今後、これまでに把握されている医学的知見や有識者の意見を踏まえ、まん延防止を図りつつ、保健所や医療機関の負担の軽減や病床の効率的な運用をさらに図るため、軽症者や無症状者について宿泊療 養(適切な者は自宅療養)での対応を徹底し、医療資源を重症者に重点化していくこととし、 こうした方向性の下、季節性インフルエンザの流行期も見据え、感染症法に基づく権限の運用について、政令改正も含め、柔軟に見直しを行っていく。」

とされたのだ。

そして、その点に関連する決定が10月9日の閣議決定でなされた。

内容は、

「感染者は全員入院対象とすることができる。」であったところを
       ↓
入院対象を

「高齢者や基礎疾患を有する等の重症化リスクのある者がなど医学的に入院治療が必要な者」と「感染症のまん延防止のため必要な事項を守ることに同意しない者」に原則限る

と改めるというもの。何が何でもペストやエボラ(1類)並に無症候者(無症状病原体保有者)でも入院させるというものであったのが、ジフテリアやSARS(2類)を飛び越えて、無症候者だけでなく、症状があっても重症化リスクのない軽症者は入院対象から外すということになったのだ。

その点について昨日のFacebookで正確に紹介したのだが、2類であったものが5類にすべて改められたと誤解された方がいたようで、そのことがBLOGOSでも紹介されていた。

誤解なきよう再度述べれば、今回,入院に関する取扱いが緩和され,入院対象者が限られた者になり,5類相当に向けての方向性の第一歩が示された,というのが正確な捉え方である。なお、上記については、昨日のブログでも述べているので参照されたい(「動き始めた新型コロナウィルス・パンデミック正常化への道」)。

 

参考までに私の事務所作成の一覧表を添付する。黄色マーカーが今回の改正点。

動き出した新型コロナウイルス・パンデミック正常化への道

菅内閣が矢継ぎ早に的確な政策を実行に移そうとし,また現に移している。

私が期待していたことの一つが,新型コロナウイルス感染症について,病態の変化に合わせて,感染症法上の取扱いを改めること。

沖縄県でみられたように無症状者や軽症者で病床が溢れ,医療機関に過重な負荷がかかることを避けられるし,今の過剰反応状態にある社会を正常化していく第一歩ともなる。

 

8月19日の厚労委員会における質疑で,私は加藤厚労大臣に次のような質問をした。

 

「開業医の方からよく要望としてあるんですけれども、今の二類相当という扱いが大変過ぎるから五類に下げてくれという話があります。そこの検討とともに、開業医の方の負担を、例えば保健所への報告を簡易化するなどしてできるだけハードルを下げて、一般の開業医の人が診ていただけるようにする。」

 

これに対して加藤厚労大臣は,

 

「感染症の指定の話がございましたけれども、これは、今、指定感染症という中においてとり得べき措置が決められているわけであります。入院措置等々であります。これはやはり現時点では私どもは必要だというふうに考えておりますが、これまでの事例でいえば、SARS、MERS等においては、状況を踏まえながら、累次、感染症の指定のランクを変えてきたという実態もあります。」

 

と答弁された。

このとき,感染症指定のランク下げを検討されているとの感触を掴んだが,その後当時の安倍首相が退陣表明にあたって1・2類相当から5類相当へのランク下げに言及されたことはご承知のとおりのところ。

実現はいつかと見守っていたが,さすがあまり時をおかず,10月9日の閣議決定で次のように改められ,14日に公布されると厚労省から連絡を受けた。

 

内容は,

「感染者は全員入院対象とすることができる。」であったところを
       ↓
入院対象を

「高齢者や基礎疾患を有する等の重症化リスクのある者がなど医学的に入院治療が必要な者」と「感染症のまん延防止のため必要な事項を守ることに同意しない者」に限る

と改めるというもの(以下は厚労省作成)。

つまり,単なる感染者(無症候者)と軽症者は入院対象でなくなる。

併せて「疑似症患者の届け出を入院症例に限ることとする(現行は全数)」となるそうだ。

 

これは新型コロナウイルスが日常的な感染症として社会に受容されていくことの第一歩。

しかし大きな第一歩だ。

 

これをきっかけに,社会生活,学校生活における様々な不合理な自粛やら制限やらが取り払われ,本当に必要な対策のみに絞られていくことを期待したい。

なぜ素直に前を向けないのか?

大阪都構想を巡って、反対勢力のネガティブキャンペーンが段々と強まってきている。

今日は、山本太郎氏の次のような発言が記事にされていた(朝日)。

 

「グリコの看板を背にして、山本氏はこう叫んだ。

「政令指定都市の大阪市がなぜ特別区の格下げに応じるのか?横綱が小結にって応じます? 政令指定都市、憧れですわ。財源もあって権限もある。わざわざなくして、4つの特別区に格下げするなんてむちゃくちゃだ」」

 

彼らしい詭弁だ。

日本に「都」が幾つあるというのか?私が知る限り東京都以外には「都」はなかったはず。

ワシントンDCとニューヨーク市のような、国にとっての特別の2都市になることのどこが格下げなのか?

そして、「区」として考えても、実質的な権限がほとんどない「区」から特別区へ格上げされて、様々な自治権を獲得するというのにそのどこが格下げなのか。

 

こんな詭弁を弄してでも反対を言わざるを得ないのは、彼らの本質を表している。そもそも内実は革新でもリベラルでもなく単なる既得権益の虜なのだ。

 

我々は何を恐れているのか?

度々指摘しているが,日本における新型コロナウイルスの病態は,重いとはいえないものに変化しており,その傾向は6月以降4ヶ月変わっていない。

以下は,厚労省オープンデータより青山まさゆき事務所で作成した年歴階級別の死亡者数累計累計グラフ。

死亡者は,60代以上に集中しており,特に多いのが80代。平均余命からすれば他の原因でお亡くなりになる可能性も高かった年代の方が,新型コロナウイルス感染を原因としてお亡くなりになっていることがよく見て取れる。

そして年齢階級別死者数の統計的解析からみれば,50代以下の現役世代が,恐れるようなものでないことははっきりとしている。何しろ日本全体でこの7ヶ月あまりでトータル68人の死亡者しか出ていない。インフルエンザの死者数と比べるまでもないだろう。

重症化要因としていわゆる生活習慣病である合併症の存在があることははっきりとしていることも鑑みれば,50代以下の健康体の方が特段恐れなければならないような疾患では既にない。

ところが,世の中は未だに戦々恐々,マスクが手放せないことは元より,感染は悪だ,との過剰反応が目立つ。感染者は,単に運悪く病気にかかっただけであるのに。

その最たるものが阪神球団の社長が選手の集団感染の責任を取って辞任するとの報道(スポニチ)。

記事によれば,食事は4人までというルールがあってそれを破った8人のうち何人かが感染、という事情があったようだが、それでなぜその場にいたわけでもない社長が辞任しなければならないのだろう?

まったくよくわからない責任の取り方で,こんなことされては益々無意味な自粛傾向が強まってしまう。むしろ右に倣えが横行する日本社会に対し,悪影響を及ぼす行為となることが危惧される。

意味のない「新型コロナウイルス」への恐れは,我々が意識して取り除いて行かなければ,こういった過剰反応はいつまでも止むことがないだろう。

現実から目を逸らさない議論を

あまり我々日本人は意識していないが,日本の医療制度は,低廉な自己負担で驚くほど自由な治療を受けられる。

保険診療でできる治療範囲が広い上に,イギリスなどで採用されている初診の制限(まず「ホームドクター」の診察を受けてからでないと専門医の紹介は受けられず,レントゲン1枚とるのにも数週間単位の時間がかかるとのこと)もない。

また,難病になってもその疾患が難病指定されていれば治療費は無料,そうでなくても高額医療費の還付制度があるので,相当高額な治療費自己負担があっても,月に支払う実際の額は数万円程度で済んでいる。

 

今回トランプ大統領が新型コロナウイルスで入院し,各種薬剤を使用した濃厚な治療を受けたが,未承認薬剤は除いてアメリカ合衆国大統領と同等の治療が誰でも受けられるのが今の日本(「実は進歩している新型コロナウイルス感染症に対する治療法」)。

日本では感染症法上の指定があるので治療費は無料だが、アメリカでは保険会社負担分としてトータル1億円以上の請求がなされるという(Yahoo)。今回の新型コロナウイルス関連は、アメリカでも政府や保険会社が特別に費用負担もしているようだが、普通の疾患の場合には、医療保険に加入していない者は、治療を断念せざるを得ないことも多いようだ。

 

また,日本の医療制度では、新型コロナに限らず、高価な薬だけでなくCTもMRIもレントゲンもあまり待たず検査が受けられるのが現状だ。

 

人口構成における高齢者層の割合がこれからも増大していくこと,借金頼みがいつまでも続かないことを考え合わせれば,消費税などの国民負担を現状程度に収め続けるとすれば(あるいはむしろ切り下げたいというのなら),現在の手厚いサービスを見直す議論をせざるを得ないのが本当のところ。

しかし,トレードオフは嫌がり,受益は無限定に要求するのが正義という子どものような議論が横行し,しかもそれが賞賛されるのが今の日本社会。

だから,政治もマスコミも世論も,そこから目を逸らし続けているが,少なくとも医療に関する社会保障についても現状を分析し,他の先進国とも比較した冷静な議論は開始されるべきだ。

そして,今の医療サービス切り下げを嫌うのであれば国民負担(個人だけでなく企業も)を上げることになろうし,国民負担の上昇を嫌うのであれば,医療サービスも切り下げて行かざるを得ない。何事にもトレードオフの関係は成り立っているし,政治にそれを切り離す魔法は存在しない。

 

なお,この問題提起について,短絡的に「福祉切り捨て」とかのステレオタイプの批判がされるとすればそれは的外れということを予め申し上げておく。今回の問題提起は,今のままでは続かないことが目に見えている医療の現実について,現状と近未来予測をどう捉え,どのような未来の選択をしていきますか?というニュートラルな問いかけをしているだけなのだから。

実は進歩している新型コロナウイルス感染症に対する治療法

日本における新型コロナウイルスの死亡率,重症化率からして4月のころと同じように「怖さ」と「感染者数」だけを煽るのはどうか,と7月上旬よりずっと訴え続けてきた。

マスコミの報道は一時よりもましになってきた感はあるが,相変わらず「怖さ」方向に偏重していることに変わりはない。NYやフランスでは再ロックダウンも取り沙汰されているし,トランプ大統領の感染もあって揺り戻しも懸念される。

 

しかし,少なくとも日本に関しては良い方向へのファクトが積み重なっていることは見逃せない。下図は、厚労省の公開データを元に私の事務所で作成した、陽性者と死者の年齢階層別累計データ。

 

 

 

実質的には70代以上にリスクが偏った疾患となっていることが容易に見て取れる。

死亡率自体が変化し、3月4月とは違って50代以下はほとんど死ぬことのない感染症に変化してきているのだ。

 

この要因について、感染経験による細胞性免疫説が大きく取り上げられつつある。最近ではネアンデルタール人の遺伝子を持っていると不利、という説も報道されている。

このような説に比べて地味だが、死亡率を左右していると思われるのが治療法の進歩。

基本対症療法的なものだが、対症療法で乗り切れさえすればいつかは回復するのがこの感染症。したがって、対症療法は根治療法に匹敵する意味を持つ。

 

この数日大きく報道されているトランプ大統領は、まだ重症には至っていないようだが、レムデシビル、デキサメタゾン、亜鉛、ビタミンD、モノクローナル抗体のカクテル製剤など、これでもかといわんばかりの治療を受けているようだ。

 

日本でも日本化学療法学会において、RDT療法(レムデシビル、デキサメタゾン、トシリズマブ)と呼ぶ薬物療法が著効を示しているとの発表があったようだ。

6月以降にRDT療法を受けた重症・重篤例は17例中死亡は1例で、死亡割合は6%。

一方、6月以前のRDT療法なしの重症・重篤例の死亡は29例中9例で、死亡割合は31%だったとのこと。抗ウイルス、抗炎症、抗サイトカイン、抗血栓と重症例で問題となるすべてに目配りしたものでとても合理的。

 

対症療法も進歩しているという事実は、世の中にもっと知られてよい。こういった事実もマスコミはちゃんと伝えてほしい。

学術会議推薦拒否は何が問題か、3つのテーマについて私見を述べてみた。

日本学術会議の推薦拒否を巡る賛否、色々と混乱している。

・学術会議の軍事研究を行わない旨の声明

・中国の千人計画

・学問の自由

が混然となって議論されているので私見を述べてみる。

まず声明について。

学術会議が軍事研究を行わない声明を出したのは1950年。日本国憲法の規定が政府答弁でも厳格に解されていた頃の話。朝鮮戦争を受けての防衛力整備も警察予備隊という名前で始められた年だ。

政権与党でさえも国会答弁などで戦力不保持・戦争放棄は絶対、としていた頃に制定されたルールで当時の状況を考えればあまりに当然。

そこに不満があり、歴史の変化に伴い変えるべきと思うなら、その旨の世論喚起をし、学術会議における内部的議論を待つ(現実には2017年にも行われてその内容は発表されている)ところから始めるべきで、いきなり法の趣旨に反する推薦拒否はないだろう。

次に千人計画。

与党の有力政治家の方は、中国の千人計画に学術会議が積極的に協力しているかのような言及をされているが、そのエビデンスはどこにも書かれていない。

他の方がこれに言及しているブログのようなものも見たが、やはり同じ。中には、拒否された6人が、千人計画に絡んでいるのでは?と穿った見方をしている記事もあったが、彼らは文系。伝えられる千人計画からすれば対象外だろう。

最も問題となる学問の自由について。

学術会議がなくても個々の学者の学問の自由は守られる、との議論もあるが、個人的自由だけでは、いざそれが侵害され始めた時は抵抗力はほとんどない。

中国で一部の人権派弁護士がいくら頑張っても彼らが容易に逮捕・投獄され、人格まで変容させられる様を見れば明らかだ。個々の自由だけではなく、組織にも自治権が尊重されなければ、権力が暴走した時には歯止めとなる力にはなり得ない。日本でも、日弁連が自主独立を失ってしまえば、個々の弁護士がいくら踏ん張っても、権力への対抗勢力としての力は大幅に削がれるだろう。

非効率に見えても、政府と考えが異なる様々な組織があることが、安全弁となって、それらが多方面にあることによって万一の権力暴走への抑止装置となる。

学問の自由と自治権の尊重。

両者は密接に関係している。

トランプ大統領入院

トランプ大統領が歩いてヘリコプターに乗り込み、軍のウォルターリード病院に向かった。メラニア夫人より症状は重く、熱があって咳も出て倦怠感もあり、段々悪化しているとのこと。

入院して、ウイルス量を減らす効果が報告されてアメリカで最近話題になっている2つのモノクローナル抗体を組み合わせたリジェネロン社のカクテル製剤やビタミン剤の投与を受けるという。後者はおそらくビタミンCとD(幾つか報告があって意外と効くのでは)。

まずは健康を回復されることをお祈りするが、今後の帰趨は世界に対する影響大なのでこれについて少し。

順調に回復すれば、これらの薬剤への注目と共にタフな大統領としてイメージが上がって大統領選挙も有利に運ぶだろう。

一方、重症化すれば新型コロナウイルスに対する恐怖は世界的に高まり、討論会で自ら軽視した新型コロナに倒れた大統領として大統領選挙の行方も決まってしまうだろう。

意外に年齢が74歳とご高齢、体格も肥満気味、アメリカの症例でもあり予断は許さない。

関連してホワイトハウスの記者や上院議員にも陽性者が出ているということで、アメリカでは、数日前のディベートで長い時間向き合ったバイデン氏(今のところ陰性)、連邦最高裁判事に指名されたバレット判事なども心配されている。

日本への影響も大だろう。日本とアメリカの病態の違いなどまったく無視されるのが常なので、ようやく収まりつつあった日本における新型コロナウイルス報道が月曜朝のワイドショーでまた大騒ぎになるだろうし、マスク着用についての同調圧力も強まりそうだ。

森友、加計、そして桜は国会論戦としては卒業する時期

私は是々非々の立場。そして、財政政策としてのアベノミクスには疑問大なので、特に前の安倍政権を支持しているものではない。しかし、国会の委員会で果てしなく繰り返されるモリカケサクラは、そろそろ一区切りつける時期だと思っている。その理由は、前政権に関する実らない疑惑追及にいつまでも拘っているのは時間の無駄であり、国益というか国民の利益をむしろ損なうから。

この点について、SNSでいくら言ってもわからない方たちがおられるので、まとめて書いてみた。

 なお,国会における審議には議員として臨席したものであるが,ここでの私見は弁護士的視点で述べたもの。また、何か新証拠が出た場合にその点について質問されることや、司法や言論の場で追及されることについて止めるべきなどというつもりは全くないので念のため申し添える。

 

1 総論 

(1)エビデンス

単なる批判のレベルを超えて人を追及する以上一般的にエビデンスが必要なのは言うまでもないが,たとえ相手が権力者であってもエビデンスが必要なことは言を待たない。

また、エビデンスがなく総理大臣が問題視されるとすれば,たとえば,外国にとって都合の悪い総理大臣を失脚させることが容易になる。あのロッキード事件も,当時のマスコミの一方的報道や世論の後押しもあって,尋問調書の取り扱いなどを巡る司法手続きで,脱法的ともいえる相当の無理が積み重ねられている。そして,今となっては外国諜報機関の関与さえ取り沙汰されているのはご承知のとおり。諸外国においては,驚くほど自国の利益最優先という思考が強く,それを実現するための諜報活動も盛んで,場合によっては重大な違法性の行為すらしばしば行われていることは一般論として念頭に置くべき。

 

(2)国会での追及

なんらかの端緒を元に,国会で現行法制度に基づいた手段を尽くして事実(真実)を探究することは民主主義社会における国会として当然のこと。

その意味で,これらの問題が発覚して2~3年の間,ある意味集中して取り扱われたことに意義はあった。

しかし,掘り尽くされた感がある現在,新事実があれば別途,同じ手持ち証拠で同じような質問を繰り返しても,掘り尽くされた鉱脈をもう一度掘り返すようなもの。

 

(3)官僚の答弁

率直にいって,官僚の答弁は,あまり褒められたものではなかった。素直に答えれば良いものを敢えて話を逸らしたりまだるっこしい言い方をしたり。そのために審議が中断して,委員長が仲裁に入って,結局後日の委員会で答弁がなされるということもしばしばあった。

そういった答弁になる理由の第1は,首相を始めとする大臣や与党への忖度。

第2は,質問する側の手法。質問者が,相当程度高圧的な態度で質問をし,引き出した答弁で重箱の隅をつつくような質問を執拗に続けていく,という手法への防禦策としてそうせざるを得ないのだ。

両方とも前近代的であり,真実解明や正義の実現というところからはほど遠い。実に無意味だ。

 

2 各論

(1)森友 

元々の発端は旧時代的思考の小学校を作ろうとした理事長が,上手に安倍元首相の権威を利用して土地を破格の値段で手に入れたというところ。その手法や,まんまとそこにつけ込まれた財務局官僚などの行政側に問題があったことは間違いないが,そこと安倍元首相の直接の指示があったとするにはかなりの無理がある。何か都合の悪いことが起きた時に特段問題のない事実にないことないこと付け加えて誰かを貶めて自分を被害者に見せかけて事を有利に運ぼうとするのは、世上よく見られる典型的な行動パターン。安倍元首相がこの件に直接介在する動機もないし,夫人が体よく利用された,というところまでが証拠上認定できる限度だろう。

 

今後の課題:意思形成過程を含めた公文書(メールや電話録音も含める)の保存と,全面的開示を義務づけること並びに保存期間の長期化を図ったらどうか。

 

(2)加計

率直にいって,問題を追及するエビデンス不足。状況証拠としては,元首相の親しい知人が経営する学校法人が特別枠を得ているのだから,なんらかの有利な取り計らいがあったと推測することも不合理では無いが,あまりにエビデンス不足。

 

今後の課題:首相や政務三役の面会記録等々を充実させる(面会した相手,同行者,面談時の会話録音)ことを実現させ,中途半端な疑惑が生じないようすることが課題であることはハッキリしたので,その方向での法整備を進めてはどうだろうか。

 

(3)桜

政治家が公費で支援者を接待する,という点が最大の問題。旧民主党時代も行われていた悪弊。議員が選挙区内の特定の支援者を招待したとういのであれば,有権者に対する寄付行為の公費を使った脱法行為であり,旧民主党時にこれを行った議員らと共に,倫理的にはかなりのグレー。

名簿が廃棄されたのは,違法では無いが証拠隠滅的なグレーな行為であった可能性が高い。しかし、廃棄したというからには実際に廃棄していることはほぼ間違いないだろうから,そこをいくら繰り返しても「念押し質問」にしかならない。

 

今後の課題:まずは,グレーな行為の大本というべき「桜を見る会」自体を廃止した菅首相の決断は英断。そして,名簿廃棄などという証拠隠滅まがいの行為が行われない以上,公文書の長期間保存と全面開示を制度化すること。森友と同じだ。