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リニア・トンネル問題は静岡県のわがままではない。大規模トンネル渇水公害がその本質だ

リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事が進んでいないことについて、静岡県のわがまま、川勝静岡県知事の政治的思惑による駆け引きのせいである、といった論調の記事が目に付く。

しかし、これは大間違いで的外れな批判だ。

問題の本質は、トンネル工事によって南アルプスの地下水が抜けてしまうこと、そしてそこを水源とする大井川に起こると予想される渇水公害への懸念なのだ。その渇水公害は南アルプスの生態系に大きな影響を及ぼす。さらに、その下流の大井川は流域周辺の8市2町62万人の水道用水や農業用水、工業用水を賄う命の川。その大井川が渇水すれば、多くの県民の生活に大変な支障が生ずる。リニアのトンネル工事によって大渇水公害が発生しかねないのだ。

なぜそのような事態が心配されているのか。

南アルプスには造山運動の結果、各所に南北性の断層が存在する。断層には破砕帯と呼ばれる水を蓄えることの出来る地層がある。このため、山肌から浸透した雨水が、破砕帯に地下ダムのように蓄えられる。そしてその水は水頭圧という水自身の重みによる圧力がかかっている(被圧地下水)。その大量の被圧地下水が湧水として地表に戻り川の源流となっている。この被圧地下水が、トンネル掘削工事によって穴を開けられるとまるで噴水が噴き出すように抜けてしまうのだ。

 

さて、皆さんは丹那トンネル工事にまつわる話やその後何が起こったかご存知だろうか。

丹那トンネルの上部にある丹那盆地も、トンネルが作られる前は、破砕帯に蓄えられた地下の大量の水が水源となって豊富な水が湧き出ていた。この恩恵を受け、豊かな水田やワサビ田の耕作地帯であったのである。ところが、トンネル工事によって、この水が一気に抜けてしまい、丹那盆地も水枯れしてしまった。このため、稲作ができなくなり、酪農地帯に変容を迫られたのである。

有名な丹那牛乳は、丹那トンネル工事の弊害によりやむを得ず農業が転換したことに生まれたものだったのだ。丹那トンネル工事が出水対策に追われた難事業であり、多くの犠牲者も出したことは有名だが、環境にも大きな悪影響があったのである。

トンネル工事によって水枯れが生じるのは、何も丹奈トンネルに限られたことではなく、しばしばみられる事象だ。最近では長崎新幹線のトンネル工事により10カ所もの周辺で減渇水が生じ、水田に水が引けないなど大きな影響が出ている(西日本新聞「「川が枯れた」工事で地下水脈寸断?~」)。

そして他ならぬリニアの実験線でも、トンネル工事により、山梨県上野原市で水枯れが起きてその保障もなされている(「リニアモーターカー実験線の周辺で多発する”水枯れ”」)。

まさに丹奈トンネルで起きたことが再現されてしまったのだ。

この渇水問題がより大きなスケールで起きることが心配されているのが今回のリニアの南アルプストンネル問題なのだ。

JR東海は、トンネル工事に伴い流出する湧水をポンプを使って全量大井川に戻すと説明しているが、流出量予測も科学的根拠に乏しい。そして、その戻すといっている水は、渇水期の華厳の滝の流量に相当する毎秒2トン。これを500mも汲み上げて戻すことになるが、実は、この水は、トンネル完成後にトンネル内に漏水するものだけ。

真に問題なのは現在貯水されている大量の被圧地下水が、トンネルが掘削される際に山梨、長野両県側に一気に抜けてしまうこと。戻す水自体がなくなってしまうのだ。

山体に降り注ぐ雨水が地下に浸透し、貯水されるまでには百年単位の時間が掛かっている。時間をかけて蓄えられた大量の地下水が再び溜まるには同じだけの時間がかかる。

また、この抜ける水の規模は今までのトンネル工事渇水で起きた規模とは比べものにならない膨大なもの。JR東海が静岡県の有識者会議に示した資料によると大井川水系に直接関係する破砕帯だけでも、(平均的に)幅800m、深さ500m。そして長さは30㎞にも及ぶ。今までのトンネル工事でこれに比肩する破砕帯を貫いた例はなく、まさに未経験ゾーンといえる領域だ。

この巨大な地下ダムに蓄えられた膨大な量の水が抜けてしまえば、そこからオーバーフローして湧き上がる水は全てなくなり、大井川の源流の南アルプスの沢も枯渇する。生態系は壊滅するだろう。そして、ただでさえ流量不足が経常化している大井川水系が、地下水を含め枯渇することが予想されるのだ(静岡新聞「湧水県外流出「対策を」~」)

このため、川勝静岡県知事だけでなく、大井川の水に依存する10市町の首長がJR東海の金子市長の面会要請を拒否するなで強硬姿勢を貫いているのが現状なのだ(静岡新聞「リニア水問題、流域10市町が面会拒否」)。

ところが、JR東海の意を汲んだ御用記事はこの本質を覆い隠し、静岡県知事VS JR東海&他県知事の政治対立に問題を矮小化している。

そんな中、県内自治体で唯一、トンネル工事に理解を示しているのが工事区域が存在する静岡市。静岡市は一部山間部を除いて大井川水系ではないため、渇水が生じてもあまり影響はない。

だから静岡市長は新しいトンネル建設にJR東海が140億円の金を出すことを条件に工事についてJRと合意した(中日新聞「リニアトンネル工事 静岡市長「抜け駆け」一蹴」https://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/tokai-news/CK2019080402000097.html)周辺市町村のことはお構いなしとの姿勢だ。

言うまでもないが、住民の基本的な暮らしを支えるのが地方自治体の何よりの使命。その中でも「水」の確保は優先度が最も高いこと。お金では変えられないし、失われた水はお金で買うこともできない。静岡県知事や10市町の首長が徹底抗戦の構えを見せているのは当たり前なのだ。「静岡県のわがまま」という批判は的外れというしかない。