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離党のご報告ならびに所信の表明

 私はこの度、完全に無所属となり、政治家として再出発いたします。
 これに際して、皆様に私の政治信条、目指すところについてあらためて述べさせていただきます。

 私の究極かつ最大の政治目標、それは、国家により、あるいはその時々の政治主体と一体となった主流派や力を持つ者たちにより、個人が命や自由を奪われない確固たる基盤を造る、というものです。
 何を当たり前のことを、という方もおられるでしょう。しかし、これは当たり前のようで当たり前ではありません。第二次大戦前、この日本でも、個々人の信条に基づく主張(しかも国際協調主義など今からすれば正当な主張)を行っただけで弾圧され、あるものは煽情的な世論によって糾弾され、あるものは命を落としました。そして、戦争という最大の暴力の中で、兵士や民間人を問わず、個々人の命が無残に意味もなく奪われていきました。それも大量に。
戦争だけではありません。第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、流血地帯(ブラッドランド)と呼ばれる東欧の一帯で、ナチスドイツとスターリンソビエトにより、1400万人もの市井の人々が、餓死・銃殺・ホロコーストにより命を落としました。第二次大戦後も文化大革命で数十万人以上の大量の死者が出たとされ、200万人ともいわれるポルポトの大虐殺がありました。そして、現在進行形でシリア・ISなどの中東内戦で市民が数多く犠牲になっています。

 これらの大虐殺は、一握りの指導者層によってなされるものではありません。指導者層を支える軍・警察などの実力部隊はもとより、行政、司法、そして時勢の考え方を正義と考えた一般市民らが一体となって、罪なき人々を死へと追いやっていったのです。

 私は、今のこの平和な日本においても、将来における暗い影をみることがあります。自らの正義を声高に訴え、他者を徹底的に批判する方たちがいます。正義とは相対的です。真実も自明なものではありません。「自らが過ちを冒している」、その恐れを感じることなく行動する者たちがいます。他者への寛容や理解、それが民主主義や自由主義の本質です。この本質を理解していない方々は、たとえ表面上は「リベラル」であり「正しいこと」を言っているようにみえても、時代が、あるいは集団が大きな過ちを犯したとき、他者を平然と抹殺する先鋒となることが想像されてなりません。
 他者の生命や自由の絶対的尊重、それこそが政治や権力システムの究極の原理であるべきですし、それは最低限日本国内において実現されなければなりません。そして、今の日本の立場や国力を考えた時、外交交渉や世界に向けての努力により、それが世界に普遍的な政治原理として実現させて行かなければなりません。

 次に、国内の政治課題について、基本的なところを申し述べます。財政、原発、教育、年金・医療などの福祉、国防、これら主要政策における具体的な課題は、表面化はしていないものの、戦後もっとも困難な状況に入りつつあります。個々の政策課題についての私の考え方はおって明らかにさせていただきますが、ここではまず基本的な考え方を述べます。
 それは、「すべての事実を国民の皆様方の前に明らかにし、特定の利害を超えた最善の政策を提唱し、皆様方の判断に委ねる」というものです。
残念ながら、現在において、今の政策に関し、その前提となる「事実」が歪められて国民に提示されていることが多く見受けられます。統計的数字も、前提・対象・定義の操作によって容易に歪めることができます。ある政策に対する真の意図が隠されて、一面だけが表に出され、都合の悪い本音は隠されていることもあります。
できるだけ公正な、そして科学的あるいは合理的検証に耐えられる事実やシミュレーションを国民の皆様方に明らかにすることが、政策決定の大前提です。
これがなされないとき、国は大きく道を誤ります。

 結びに、再確認をいたします。立候補時に表明した「脱原発、護憲」という立場、基本的な政治姿勢を変えるということではありません。むしろ、その立場を基本とし、より普遍的な立場から、信条に基づく政治活動を行っていきます。
そして、今の国会の現状を皆様方に逐次お伝えをしていくという地道な活動を、まずは次期臨時国会からさせていただきます。  
 今後とも何卒私の政治活動にご理解を賜り、ご支援をお願いいたします。