今の時代の利益誘導

 参院選真っ只中。それにしても、与野党問わず利益誘導型政策の宣伝ばかり。財源なんてどこにもないのに。その中でも一番目立とうとしたところが狙い通りネットでは共感を呼んでいるよう。今の利益誘導は、減税と奨学金チャラ、年金がらみのバラマキ。公共投資でこれをやっていた自民を批判していた勢力が新手の利益誘導にはそれと気付かず乗っているのだから、右も左も国民性は同じのようだ。
 政治とは利益誘導と達観すれば良いのかもしれないが、それは違う。誰かがトクをすれば誰かが損をする。今の政治は、利益を現在に流し込み、未来を搾取している。損をし続けているのが若い世代ということをみんなが意識しなくては。

大学入学共通テストをバイト学生が採点?

 NHKの報道によれば、文科省は、再来年から始まる大学入学共通テストで「バイト学生」による採点を認める方針だという。
 記述式の分については機械的な採点ができないので、業者に委託して採点をする予定だが、短期間で行うためには1万人の人手が必要となり、大学院生や元教員のほかに大学生バイトも採用する予定だという。
 
   文科省のあまりにいい加減な姿勢に言葉を失うほどだ。私も過去に司法試験予備校の論文をバイトで採点したことがあるが、どうしても採点がぱらついたり恣意的になってしまう。経験による確たる基準、物差しといったものが自分に形成されていないからだ。それにバイトゆえの責任感の欠如があったことも正直否めない。
 文科省は複数チェックを行うので問題ない、という立場らしいが、人のやったものをどこまで念入りに見るかも不明だ。これも責任感の問題で、流されれば意味がない。
 
  これに対して懐疑的な大学もあるようで、たとえばさすが東北大学は、公平さへの懸念などを理由に記述式の問題を合否判定から外すとのこと。同様な大学は他にも出てくるだろう。しかし、そうなれば記述式が取り入れられた意味もなくなり、費用と受験生の努力が無駄になる。
 採点システムについて、こんないい加減なやり方を取り、肝心な大学にも信頼されないなら、記述式など取りやめたらどうか。
 
  大学入試には子どもたちが人生を賭けて取り組んでいる。その入試を統括する文科省のこのような無責任さは、許せるものではない。

トレードオフ

 日本はこのままで本当に大丈夫か,と思ってしまう時がある。
 それは,政党だけでなく,政治に強い関心を持つ層が,トレードオフの関係を受け入れようとしないから。例えば,アメリカでは税を安く,と主張する立場の者(共和党のティーパーティなど)は,税金を安くするために小さな政府(つまり社会保障はいらない)で十分,と主張している。一方で,欧州では,大きな政府(つまり社会保障の充実)のために高い消費税を受け入れている。

 ところが,日本では消費税凍結や廃止を訴える政党や個人で,それと引き換えに社会保障は縮小していい,と主張する人を聞いたことがない。日本の予算のうち,社会保障費は一般会計歳出の30%,政策的経費の50%を占めている。消費税凍結や廃止を訴えるなら,トレードオフで小さな政府にしろと本来いうべきなのであろうが,そういう訴えをされる方たちはむしろ社会保障の充実を訴えている。
 ちょっと考えれば完全に破綻していると思うが,それで平然としているのが不思議だ。ただし,アメリカでも最近はMMTという怪しげな金融理論に乗っかって負担少なき大きな政府を訴える政治家が出てきているようだが。

 

 「費用でしかものを考えられない」との声も寄せられたが,「費用を考える」ことは社会では当たり前のこと。費用に見合う負担増はするな,社会保障は維持しろ,と叫ぶのは大人のやり方とは思えない。また,「そこを何とかするのが政治家」という声も寄せられることが多いが,どんな政治家や政党も魔法の杖は持っていない。できるという者がいるとすれば,できるように見せかけているだけだ。

 先進国では消費税は普遍的な税制。日本でも消費税だけを悪者扱いするのは止める時期に来ているのでは。

 なお念のため付言すれば,税率上げが法定されているのでここのところ消費税について言及しているが,所得税,法人税,配当課税などを含めた負担の見直しは当然必要だし,歳出についても一層の工夫と削減が必要。総合的な負担とサービスの在り方をこの際根本的に洗い直すべきと考えている。

 

なぜ消費税10%にすべきと考えるのか。

私は,SNSなどに寄せられたコメントについて,議論させていただくことがよくある。それは,議論を通じて,お互いの知見が高まり,自分にとっても勉強になり,相手の方にとっても違う見方を知って頂けるからだ。先の「消費税反対で本当にいいのか?」について寄せられたご意見について交わさせていただいた議論における私の説明を,皆さんにも知って頂きたく,加筆した上でご紹介させていただく。
 
 ご承知のとおり,今回の消費増税は,安倍政権が決めたものではない。2012年の民主党政権時に、社会保障の将来的な維持のために,時の野田総理が3党合意(民主・自民・公明)をして決められたこと。ただし,本当なら2015年までに10%に上げることは決められていたのだが。増税の決断は選挙を常に意識せざるを得ない政権与党にとっては,大変なこと。このときの野田総理の英断はまさにポピュリズムとは対極にあったものといえよう。
 
なぜ,この消費税増税の道筋が定められたのか。それは,「社会保障の安定財源の確保」にあった。
皆さんは,日本の財政収支がなぜ悪化しているのかその原因をご存知だろうか?まさに社会保障費の増大が続いているからだ。平成15年に82兆円だった国家予算、本年度予算は101兆円なので21兆円増えている。1.23倍だ。
問題はその歳出増の要因。実は,伸びている費目は2つしかない。平成15年予算の社会保障費は19兆円。これに対して本年度予算では34兆円。つまり,15年間で15兆円も増大し,その伸びは1.8倍。
残る費目のうち伸びているのは国債関係費が17兆円→24兆円で,7兆円増の1.4倍。
2つの費目合計で22兆円増なので,予算が21兆円増えた要因はこの2つに尽きるといっていい。他の費目は平成15年当時に比べほぼマイナス。防衛費でさえ5兆→5.2兆と微増しただけなのだ。
 
本来予算の膨張に対処するためには,各種の税を相応に上げるべきであったろうが,それを行わず安易な国債頼みを続けてきたため,国債残高がそのとき500兆円未満であったのが倍増して約1000兆円になり、当然ながら利払い費が先に示したとおり増大してしまっている。
そして,社会保障費の伸びも人口減少というより高齢者層の人数的拡大により,この先も続いていく。例えば,75歳以上の1人当たり医療費は年間91万円。15~44歳では12万円なので,7倍以上。
団塊の世代のピークが75歳以上に突入するのは5年後である。
 
人口構成のバランスが崩れ,極端に高齢者層が厚くなり続けるその負担に社会保障制度が悲鳴をあげ、国家財政が悲鳴をあげているのだ。
日本の社会保障制度は、アメリカとは比べものにならないほど良好であるし、ヨーロッパと比べてもそんなに劣るものではない。完全無料ではないものの,高額医療費助成制度があるのでたとえ数千万円医療費がかかっても,自己負担は月に数万円。
一方で消費税率は、ヨーロッパの平均20%(デンマークなどは25%)の半分以下,国民負担率もやはりその分少ないのだから、よりお金のかかる高齢者の数が圧倒的に増えて来ている現在、このままでは維持できるはずもない。
 
もちろん,所得税,法人税の見直しや,財政支出面についても防衛費など色々と見直しをしなければならない。
ただし,それをやってからでなければ消費税上げをすべきでない,ということにはならない。両方が必要と考えるべきだろう。
政治家も政党も国民も,現実を直視すべきである。

 

消費増税反対で本当にいいのか?

 今度の参院選,主要野党は共通して消費増税反対を訴えている。自民党からも消費税率上げ凍結を理由として衆参同時選挙を,との声が絶えなかった。

 しかし,既に使途(子育て支援,高等教育無償化,社会保障など)が決まっている消費増税を先送りすれば,その結果は,国債の増発,つまりは負担の先送りとなる。国債は60年分割償還がルールであり将来世代へのツケ回しそのものだ。既に1000兆円にもなる将来世代へのツケ回しの拡大は世代間不公平を一層拡大するものとなる。今の日本は,貧富の差が拡大しているだけでなく,若者と中高年齢者層の世代間不公平も同時に拡がっている格差社会であるのに。

 そして同時に,財政破綻への道も一歩進めるものともなる。日本政府に対する信認失墜による通貨安によるインフレリスクも増すことになる。

 消費増税凍結が併せ持つ世代間不公平の拡大を始めとした負の側面について、政治は正面から直視することが必要なのではないだろうか。

 本来であれば,消費税率上げはやむを得ないものと国民の皆様にその必要性を説明すると共に,国民の間に根強く存する不公平感の払拭のため,所得税の累進性強化(階段型に税率を上げるのではなく,指数関数的な税率カーブの適用も現在の技術であれば簡単に導入できるであろう)や,法人税課税の強化(二重課税論など理論上の問題はあるにせよ,40%程度の上限での緩やかな累進性の導入)などを提案するというのが責任ある政治の姿,本筋であろう。

 第二次対戦前にあれだけの軍備拡張が出来たのは、財政均衡を説いた高橋是清を2.26事件で殺害してまで国債頼りの放漫財政を続けたが故。主要野党がやはり共通して訴えている防衛費削減も野放図な国債発行を縮減すれば否応無く実現するであろう。ない袖は振れぬ,だ。

 増税凍結を訴えるばかりが本当に国民のためになるのか?

 このままでいけば、なぜあの時、政治はポピュリズムに陥り、止めるべきを止めなかったのか、と言われる時が来るだろう。

 

安倍内閣,5つの大罪

 参議院での問責決議案審議において,三原じゅん子議員が激しい口調(「常識はずれ、愚か者の所業」)で野党攻撃をした反対演説が話題となった。しかし,問題は野党云々ではなく安倍首相に問責,あるいは不信任に足る理由があるかどうかである。

 その答えは明快だ。安倍内閣には不信任に足る理由が明確に存在する。

 衆議院本会議での内閣不信任決議案審議で,野田元総理が,(不信任)賛成討論をされたが,そこで安倍内閣が信任に足るものでない理由を5つにまとめられ,簡潔だが説得力のある論陣を展開された。この内容こそきちんとマスコミが国民に伝えるべきものであったが,残念ながら今のマスコミは質ではなく話題性のみを追いかけ,必要なことを伝えようとしていない。そこで,ここにその内容を紹介させていただく。以下は基本的に議事録によったが,語尾などを簡略化させていただいた。

 

 第一は、アベノミクスの失敗。
 デフレからの脱却を目標としたアベノミクスが実施されてから六年半。物価の上昇も経済の成長も鈍いまま。実質賃金は上がっていないので、家計に恩恵は届いていない。トリクルダウンは起きていない。まだ道半ばと言い張っているが、随分と長くて曲がりくねった道,マッカートニーのザ・ロング・アンド・ワインディング・ロードが聞こえてきそう。アベノミクスの実行期間の長さを考えると、明らかに失敗だったと総括すべき。
 2013年2月の衆院委員会で、総理は、デフレは貨幣現象、金融政策で変えられると明言したが,その思い込みこそ、アベノミクスの失敗の最大の原因。本年3月の衆院財務金融委員会においても、この考えに変わりはないと、(野田氏の)質問に対して頑固に自説を曲げず全く反省がない。異次元の金融緩和は異次元の副作用をもたらし,その副作用は、日本経済を停滞から衰退へ、そして転落へとたどらせかねない。

 第二の理由は、財政再建を遠のかせたこと
 日銀による財政ファイナンスは、金融一辺倒の限界を感じ、財政出動にシフトせざるを得なくなった安倍政権に打ち出の小づちを与えたも同然。
財政規律が緩んだ結果、基礎的財政収支の黒字化目標は、2025年度まで5年も先延ばしされた。フローの指標であるプライマリーバランスが黒字化されて初めて、ストックの指標である公的債務残高が安定する。まず止血しなければ、血をとめなければ、日本財政の容体は悪化するのみ。財政赤字という船底の穴を塞がなければ、日本丸は航海を進めることはできない。
 昨年11月、財政制度等審議会は、平成という時代における過ちを二度と繰り返してはならないと指摘した上で、平成三十一年度予算は新時代の幕あけにふさわしいものになることを期待したいと建議した。にもかかわらず、今年度予算は昨年度よりも3兆7千億円も増加し、史上初めて百兆円の大台を超えてしまった。安倍政権は、何ら反省することもなく、未来を搾取し続けている。金融緩和の出口は見つからず、財政再建の入り口にも立てないという先には、かつて我が国が経験したことのない大きなリスクが口をあけて待ち受けているでしょう。

 第三の理由は、社会保障と税の一体改革における三党合意の精神を踏みにじったこと。
 まず、急務である社会保障改革が遅れに遅れていることを厳しく指摘しなければならない。
 社会保障の国家百年の計がなければ、人生百年時代の人生設計をつくれない。その不安は、総理が金融庁は大ばか者と激怒した老後資産二千万円問題の背景にあると認識すべき。
 また、10月1日に消費税を引き上げる予定ですが、軽減税率という天下の愚策を導入するため、今年度の税収増は約2兆円にとどまる。一方、ポイント還元など消費増税対策と称するばらまきは約2・3兆円にも上り,そろばん勘定が合わない。
 加えて、7年前の党首討論で約束したように、本来ならば身を切る覚悟を示すべきなのに、党利党略によって参院定数の六増が強引に決められたことは、国民感情を逆なでする暴挙。
 歳費の自主返納など、へ理屈で国民を欺くことはできない。そろばん勘定からも国民感情からも到底理解できないやり方の消費税引上げは、社会保障と税の一体改革の精神を台なしにするもので,怒りを通り越して悲しくなる。

 第四の理由は、場当たり外交の行き詰まり。一昨年秋の国難突破解散の際に、総理は、対話のための対話では意味がないと語り、北朝鮮に対する圧力路線を加速するために国民の信を問うたはず。ところが、本年5月初め、北朝鮮がミサイルを発射したにもかかわらず、総理は日朝首脳会談を無条件で開催する意向を明らかにした。大きな路線変更ですが、明確な説明は全くない。しかも、北のその後の反応は冷淡きわまりない。
 日ロ平和条約交渉においても、北方四島の帰属を明確にした上で平和条約を締結するという従来の方針から、二島返還へと大きく軸足を後退させたが,二島どころか石ころ一つ返ってくる兆しもない。我が国の固有の領土とか、ロシアによる不法占拠といった言葉を使えなくすることが、ミサイルをミサイルと呼ばず飛翔体と呼ぶことが、戦後日本外交の総決算だったのか。
領土問題で進展がないのみならず、領海は狭くなろうとしている。北海道の猿払村沖のエサンベ鼻北小島が海上から姿を消しました。領海や排他的経済水域の基点となる島の保全を怠り、水没するまで放置してきた責任は重大で怠慢のそしりを免れることはできない。

 

 第五の理由は、不都合な真実の隠蔽が目に余ること。
 公文書の改ざんや隠蔽、統計不正などを常套手段として、安倍政権は情報公開と説明責任に背を向け続けてきた。
 年金の財政検証も、今国会中に公表されていれば、百年安心かどうか、冷静かつ客観的な議論ができたはずだが公表を参院選挙後に先送りをするということは、年金を争点化させないため。

 トランプ大統領の日米貿易交渉について、8月にいい内容を発表できるとの発言は、密約の存在を疑わざるを得ない。日本の参議院選挙の後で、アメリカの大統領選挙の前に妥結ということは、これは、日本にとってはマイナスで、アメリカにとってはプラスになるだろうということを想像するにかたくない。これまた露骨な選挙の争点隠しではないか。
 世界で一番ビジネスをしやすい環境をつくるための国家戦略特区は、権力の私物化や利権あさりの温床になっている。加計学園の獣医学部設置や真珠養殖の規制緩和に至る不透明かつ不公正なプロセスは、特定の人を念頭に置いて岩盤に穴をあけたとしか思えない。
 渋沢栄一の「論語と算盤」の中に次のような一文がある。
 「個人の利益になる仕事よりも、多くの人や社会全体の利益になる仕事をすべきだ。」
 国家戦略特区諮問会議の議長である総理と国家戦略特区諮問会議ワーキンググループの皆さんに真摯に受けとめてほしい言葉である。

 安倍内閣は、憲政史上最長記録を狙う長期政権だが、見るべき成果は何もない。慌ててレガシー探しをされても、負の遺産がふえるだけで、迷惑千万。
長きをもってとうとしとせず、安倍内閣の即刻退陣を求める。

 

 以上のとおり,まさに簡にして要を得た演説であった。パフォーマンス主体ではなく,議論の中身に注目が集まる政治に変わるべきだと真摯に思う。

 

新しい政治の胎動・医療の民主化改革

新しい政治の胎動が見えてきた。国会での論戦を見ても,高齢化社会が益々亢進する一方で,経済成長は縮小過程にあるこれからの日本に対応した社会保障制度の改革に,正面から取り組もうとしている政党は与野党共にない。しかし,日本の政治課題の筆頭は、社会保障の維持と高齢化社会に対応する制度への改革であることは間違いない。

そして遂に,この重い課題に正面から取り組もうとする野党議員の動きが始まった。

 

 近時,年金2000万円が話題となった。年金制度についても,検証と改革は必要だが,社会保障制度の中でも、まず最初に取り組むべきは医療制度改革であろう。年金は、その水準が徐々に切り下がっていくという見通しはあるものの,制度自体は当面維持できそうな制度設計になっている。しかし、医療費の増加は国家財政を膨張させ,財政不均衡を拡大し,国家財政破綻の原因ともなりかねない。少し詳しく見ていくと,現在の国家予算(一般会計:基礎的財政支出対象経費)の中で平成を通して一貫して伸びているのは社会保障費だけ。ここ5年は多少伸び率が低下しているが、それでも毎年1.4〜3.3%の伸びを示している。防衛費を除くほどんどの費目がマイナスの伸び率となっている中で、突出した数字だ。額的にも2019年度予算で34兆円(以下いずれも兆円未満四捨五入)、一般会計歳出全体の33%を占めている。2013年では19兆円だったので、倍増近い。同様に増えたのは17兆円だった国債費が24兆円に増えたこと。平成15年一般会計歳出は81兆円。本年度歳出との差額は20兆円。予算が20%増しになった原因は、社会保障費と国債費が増えたからなのだ。

 

 高齢者層が増大すれば、医療費が増大する。年齢階層別の一人当たり医療費が、65歳未満全体が18万円であるのに対し、65歳以上全体は73万円。4倍にも上る。また、75歳以上全体は91万円と、高齢者では年齢構成が上がっていくほど医療費も増加していく。(厚労省「平成28年度国民医療費の概況」)。本年度予算社会保障費34兆円のうち、医療給付費は12兆円と3分の1。そのうち5兆円が後期高齢者医療制度の国費負担分だ。ここが膨らめば社会保障費も自然と膨らんでいく。全体としての人口減少による医療給付の減少もあろうが,人口減は若年層の減少によるもの。0~14歳は16万円,15~44歳は12万円であるため,若年層にかかる医療費は高齢者世代の1/6に過ぎない。この層の人口が減少するよりも高齢者層が増大する方が,全体の医療費を膨らませる。

 

 言うまでもないが日本の医療保険制度は諸外国と比べて,決して劣っているものではない。健康保険であっても,全国均一の医療が受けられる。オプジーボで話題となったが,多額の費用がかかる先進医療までも幅広くカバーされている。自己負担があるといっても,高額療養費の自己負担限度額制度があり,どんなに費用が嵩んでも自己負担が一定額以上になることはない。また,難病指定されれば医療費が助成される。収入が減少する高齢者世代には後期高齢者医療制度が用意されている。至れり尽くせりといった感じで,医療費が無料の北欧などに比べても,遜色はないというのが正当な評価であろう。

しかし、先に述べたとおり、高齢者人口の増大により、近い将来、制度自体が財政的に持たなくなる恐れがある。財政的な収支を改善しようと思えばやる事は二つしかない。収入を増やす、つまりは国民負担率を上げていくか、支出を抑えていくかだ。

既に自己負担率は3割に達していることを考えれば、まずは支出を抑えるための最大限の努力や工夫を行うべきであろう。

 

 冒頭述べたとおり,この重い課題に正面から向き合い、検討を進めてこられた国会議員有志の方々が,「『医療の民主化』改革で,次世代に責任ある政治を実現する議員連盟」を立ち上げられ,私も参加させていただいた。呼びかけ人は,(立憲民主党)青柳,篠原、(国民民主党)小熊,青山大人,源馬,(社会保障を立て直す国民会議)井出,重徳,中島各議員。会長は野田佳彦元総理が就かれている。

 

 この議連の具体策は,「かかりつけ医制度の創設」。この構想は、EUなどの「家庭医」制度に着想を得たものであろう。普段から健康の相談に乗ることのできる特定の専門を持たない医師のことを家庭医と呼ぶ。ヨーロッパでは、医師は病院のspecialist(専門医)と診療所のgeneral practitioner(一般医)の2種類に大別され、後者が家庭医の役割を果たしている。一般医は特定の診療科を専門とせず総合的に診断治療するので最近日本では総合医と呼ばれるようになっている(以上は一圓光彌「ヨーロッパの医療補償制度と家庭医制度」より)。

この家庭医制度を中心に,医療制度を治療から予防に転換する,「医療の民主化」というべき改革を進めよう,というものだ。

 

 厚労省においても,この構想は検討されていることが先日日経で報道された(「かかりつけ医を定額制に 過剰な診療抑制 厚労省検討」)。

その記事にも触れられていたが,この構想には医師会の反対が予想される。しかし,「業界本意の医療からの決別」を議連が掲げておられるとおり,高齢化社会を迎え,日本の医療制度にも国民目線での改革が必要なことは明らかである。

 

 この取り組みをきっかけとして,既得権益や党利党略からFreeの立場で,日本の未来をしっかりと立て直していく政治の動きが加速することが強く望まれる。

 

内閣不信任案と新しい政治への期待

 本日、衆院本会議で内閣不信任案が否決された。内閣不信任案の提出については賛否があり、個人的にはここぞと言う時にとも思うが、野党というか政党の存在意義は政権奪取。その意味では参院選前での提出は自然な流れであった。

  今回、出色だったのは議論の中身。
 趣旨弁明に立たれた立憲民主主党の枝野代表。前回の不信任案の際には3時間の長大な演説をされたが、今回のものは論点ごとに整理されていただけでなく、対案が散りばめられていて、わかりやすく聞き応えのある演説であった。消費税増税凍結の必要性を訴えられたところは、意見が異なるところではあったし、新政策「ボトムアップの経済」については財源論も聞きたいところだったが、新しいスタイルの国会討論の予兆を感じた。

  流石と頷かされたのは社会保障を立て直す国民会議の野田元総理。内閣不信任の理由を5つ(1.アベノミクスの失敗  2.財政再建を遠のかせた  3.社会保障と税の一体改革を裏切った  4.場当たり外交の行き詰まり  5.不都合な真実の隠蔽)に分けて論じられ、正に簡にして要を得た討論をなされた。わずか10分の持ち時間でこの内容を語れる政治家は現在、野田氏を措いて他にはいないであろう。
  今の困難を極める日本の舵取り役として、舞台の前面に立たれることを強く期待させていただく。

急がば回れ。野党が政権を取るために。

最近の政治に関する話題で気になっているのが、候補者選考において、与野党共に話題性のある候補が重視されていること。特に比例代表は花盛りだ。

擁立理由として、多様性確保がよく言われているところ。多様性は大事。ただ、政府と、あるいは行政官庁と対峙していくには、それなりの素養と知見、判断力がいることも事実。法案などのレクを受けていると、かなり高度な現実経済を背景としたものもあり、理解には幅広い知識が必要と痛感することがある。

どんな分野でも必要な知見が高度化している中で、多様性と同時に議員として求められる能力といったものが本来存在するはず。

元〇〇という話題性だけでなく、その後培ってきた実績や経験があり、その上で、というならば単なる杞憂だろうが、インタビューなどを見ると、声を掛けられてチャンスだから、などの答えもあり、トップダウン的な思惑の合致が透けて見えることもしばしばある。

野党にもやがてチャンスがやってくるであろうことは、欧米の選挙を見れば感じ取れること。民意は流動性を増し、極端から極端に振れやすくなっている。

今の安倍政治にないもの、それは既得権益から離れた透明性のある合理的な政治。そういった政治が求められる時は必ずやってくる。その時に確実にチャンスをものにするためには、野党に対する国民の信頼感を上げていくことが大事だろう。

野党が政権を取るには、当たり前のようだが、今与党に票を投じている方からの信頼を得るか、あるいは投票に行っていないサイレントマジョリティからの信認を得るか。

そのために求められているのは、言葉にすれば質実剛健、目先にとらわれず、従来のやり方に固執しない、そんな野党の姿であろう。やり方を変えて欲しい、つまりは政治のアップグレードを求める国民の声は意外に多い。それは野党への期待でもあるのだ。

今の日本の行き詰まりはMMTやバラマキ財政政策では解決できない。

 参院選で注目しているのが、れいわ新撰組の帰趨。その拡張的財政政策と財政事情を無視した減税政策に私は反対ですが、立憲民主党に代わってコアな左翼層の支持を集めているように思われます。

    その理論的支柱はおそらく、MMT(現代貨幣理論)。これについて東京経済大学学長岡本英男氏が「私が意義を見いす理由 MMTは新次元の政策 均衡財政主義の再考を」と題するわかりやすい論稿を書かれていた。完全雇用達成のために貨幣増発によって拡張的財政支出を行なっていく、というのがこのセオリーの要。

 しかし、完全雇用が達成されている(一定の摩擦的失業はあるので、完全雇用が達成されても失業率は0にはなりません)今の日本には不要な政策でしょう。完全雇用が達成されている日本でさらに借金による拡張的財政政策を取るのであれば、それは擬似MMT。本来の姿を逸脱したものとしか言いようがありません。

  日本あるいは日本経済の抱える問題は、人口減少による需要の減少、企業の国際的競争力喪失、社会全体の硬直性(既得権益)の増大など。これらに対し、 MMTというかどうかは別にしても、拡張的財政政策は効果が薄いでしょう。

  もっとも、今の政権与党の政策はMMTあるいは擬似MMTそのもの。本家本元から、日本が見本と言われている始末ですが、実際、アベノミクスと言われる財政金融政策では日本経済のデフレーというか長期低落の前記原因を改善できていません。こういった課題や、人口構成の変化による社会保障破綻への不安を解消するために必要なのはMMTによるバラマキ政策ではないでしょう。人口構成の大変化を踏まえた合理的な国家システムの再構築こそなされていくべきなのです。