議論から逃げているのは誰か?何の議論から逃げているのか?

野党は憲法議論から逃げている、こういう声が聞こえる。しかし、今の政治、あるいは各政党が逃げているのは100年に一回あるかないかの憲法改正というレアな問題ではない。目の前に存在する、最も重い課題から逃げ続けている。そこに与野党の差はない。

本来であるならば、周智を結集し、すべてをさらけ出して国民的議論を行うべき3つの課題を挙げよう。

1 財政、2 社会保障、3 安全保障、である。

最初に挙げた財政。現在の国債残高は,財務省による平成31年度3月末の見込み額は、994兆円、日銀資金循環統計の2018年12月末残高は1013兆円、いずれにしろ約1000兆円に上っている。毎年の一般会計予算に出てくる国債関係費は、この積み重なった国債という名の借金の元利払いだ。

まず、元金は、国債残高の1.6%分。国債には60年で償還するという60年ルールがあり、これに従って毎年1.6%ずつが返済される。1000兆円あれば16兆円ということになる(一般会計にはのってこない復興債などもあり、今年度の一般会計歳出での償還費計上額は14兆6580億円)。また、その時の国債残高の加重平均利率で毎年の利払いが決まることになろうが、本年度予算の利払い費は8兆8502億円,これから推定すると1000兆円の国債残高の利率の加重平均は約0.9%程度だろう。

財政収支(税収が国債関係費のうち利払い分まで賄うこと)が黒字化しないと、この合計23兆円あまりの国債関係費、つまり借金の元利払いは今後少なくとも60年に渡り継続し、国民を苦しめ続けることになる。

今、政治的課題とされている基礎的財政収支(プライマリーバランス・PB)とは、国債関係費を除いた部分の収支を合わせるだけなので(税収が、国債関係費以外の一般歳出と均衡)、仮に均衡に達したとしても利払い分は赤字のままで、その分(今年で言えば14.6兆)国債残高は増えていくことになる。

問題は、現状1000兆円の国債残高を減らす手段がないことだ。

以前のブログ(「Bプランなき財政再建計画。本気度ゼロ?」)で触れたが、基礎的財政収支を均衡させるためのプランは、景気頼み、つまり景気向上により税収が増えるということをプランしているだけ。この17年間同じことの繰り返しで全く実現していない(内閣府・中長期財政計画)。最新のプランでも、名目GDPで3%前後,実質では1.5~2%程度の高い成長が続くというおよそ現実離れした机上の計画が立てられているだけだ。

現実的な計画を立てるのであれば、歳出を削るか、歳入を増やすか、あるいはその両方を行うしかない。しかし、両者ともに限界があることははっきりしている。まず歳出。レフトサイドからよく言われる防衛費だが、実は防衛費を削減しても焼け石に水。防衛費は増えてきたとはいえ未だ5兆2000億円(5.2%)。半減させても2兆円にしかならない。

一方で、日本の財政の内、最大の割合を占める社会保障費は34兆円(34%)に上るがこれから高齢化が進み増大こそすれ削減など見込みすら立たない。やはり大きな割合を占める地方交付税交付金も16兆円(16%)で、これも地方自治体の財政の大本であり削ることは困難。手を付けられるとすれば公共事業費6兆円(6%)だが、これも半減させても3兆円。仮に防衛費と公共事業費を各々半減させても5兆円にしかならず、利回り費用の3分の1に相当する新規国債発行を減らせるだけ、やはり借金は年間10兆円のペースで増えていく。

一方で歳入だが、これもよく言われるように法人税課税の強化や個人の累進所得課税強化にも問題がある。法人税の実効税率は、現在29.74%。主要国と比較して小数点以上で日本より多いのはフランスだけ。

(引用元:財務省 法人課税に対する基本的考え方

 

 また、仮に法人税率を現行の23%から10%上げても単純計算では6兆円程度の増収にとどまる。国際的にみて突出した税率となってしまうため、アメリカの多国籍企業のように大企業や小回りの利く優良中小企業の海外脱出が増え、計算通りにいくかどうか。

 個人への累進所得課税強化はどうか。実は日本の累進課税はまだまだ厳しい。所得4000万円超の場合、住民税を合わせた実効税率は55%。主要各国では最も多いパーセンテージになっている。

また、所得階層で高い層に累進課税を強化しても、高い層の税収に占める割合は相対的に少なく、税収はたいして増えない。かといって圧倒的に多数を占める低・中間層への課税を強化すれば、国内経済を支えている消費層の消費力が落ちて経済が縮小してしまう。

では、消費税はどうか。消費税については、国際的にみれば未だ低い水準にある。EU諸国は25~20%が多いので、仮に予定通り10%に増税されたとしても半分以下だ。2018年11月に自民党税調の野田毅最高顧問が20%まで上げることを示唆したことを報じられたが、それは、国際比較を念頭においたものであろう。しかし、消費税は、国民の購買力を直接はく奪する性質を持つ税だ。社会が順調に発展している段階において、かつ、社会保障が充実して信頼のおけるものであればともかくとして、現状の日本で消費税倍増を図ることは経済におけるスーサイドに繋がるおそれもある。現在の日本は少子高齢化が進んでボリュームとしての消費層が減少し、しかも個々の所得が往時よりも減少している。すなわち消費力が質的量的縮小にある中で、消費税を倍増させれば、極端な経済縮小を招く恐れが大きいと考えられる。

以上のとおり、歳出・歳入面の努力で、1000兆円に積みあがった借金を減らすことは解決不能に近い。

これは10年積み重なった現実だ。下の図表をみてほしい。随分急激に借金が増えたなと思われるであろう。

(引用元:財務省 3.公債残高の累増

しかし、実はこれは10年前に作成されたもの。平成5年ころには150兆円程度しかなかった国債残高が、平成20年には553兆円に急拡大したことに財務省が警鐘を鳴らしたグラフだ。それから10年。国債残高は倍増し、1000兆円となってしまった。その後の歴代政権や財務省もそれなりにこの問題を意識してはきたのだろうが、国債残高は縮小するどころか倍増してしまったというのが現実であり、この問題の解決の困難さを示している。

 そして、現状はさらに深刻さを増している。日銀の「質的量的緩和政策」とは、この解決不能の財政問題を金融政策によって支えている側面を持つものだ。質的緩和とはゼロ金利政策。つまり、1000兆円の国債の利払い費を低く抑えて財政を維持可能とするものだ。現に10年債に至るまで現在はマイナス金利。10年分の利払いを含めた総額(額面100万円、付利0.1%とすれば10年分で101万円。それよりも高い価額(例えば101万8000円)で売り出し元の財務省から入札者は落札している。買った瞬間に損が確定するという極めて不健全なところまで今、進んでしまっているのだ。そんな落札者があてにしている転売先は日銀しかいない。

また、量的緩和とは、日銀が新規国債の実質的な買い手となること。日銀のバランスシートで2016年と2017年を比較すれば、約30兆円国債残高は増加している。つまり、一般会計歳入に表れる新規国債発行額32兆円のほぼ全額を日銀が購入しているのだ。これを財政ファイナンスと言わずしてなんというのか。この副作用は、すでに利ザヤの縮小(貸出金利と、貸出資金の原資として受けれている預金に対して支払う預金金利との差額が利益となる、というのが銀行の基本的ビジネスモデル)として地方の金融機関を直撃し、連続赤字を計上するところが増えてきているが、最大の副作用は通貨の信認の失墜だ。いつかはやってくる。最近麻薬を20年以上常習していて逮捕されたタレントがいたが、まずいことを続けていれば、そのいつかはやってきてしまうのだ。そのことに薬物依存か国債依存かに変わりはない。通貨の信認失墜は、輸入物価の高騰を招く。だが、国民所得は上昇しない。需要が引っ張るディマンド・プルではなく、価格上昇が引っ張るコストプッシュ・インフレは国民生活の窮乏をもたらす。このインフレに対して通常中央銀行が行う利上げ政策を取れば、既発行の国債価額が下落し、保有する金融機関に実質的な信用不安が起きる恐れがある。また、利上げは国家財政も直撃する。利払い費が増大すれば、予算が圧迫され成り立たなくなってくる。

(この項目のまとめ)

現状:①国債残高1000兆円

   ②今後少なくとも年15兆円程度は増え続ける

解決不能な理由:

人口減やこれと密接に関係するGDPの横ばいから考えて、税収の伸びは期待できない。法人税・所得税を増やしても足りないし優良企業・高所得者の海外移転を促してしまう。消費税増税は、直接的に可処分所得を減らすため、ただでさえ経済縮小傾向にあるところこれを推進してしまう。

放置した場合の将来的課題:

現状では質的緩和により金融機関の経営が圧迫されるという副作用が出ている。より深刻な問題としては、日銀による財政ファイナンス(=質的量的緩和)を続ければやがて日本の財政に対する信用が失われる。そうなったときに起こる円安=コストプッシュインフレでは国民の所得は上昇することなく物価のみが上がる。そうなれば、国民は長期間実質所得の減少に苦しむこととなる。また、インフレに対して中央銀行が利上げで対抗することが難しい。利上げは国債価格の暴落をもたらし、金融不安を誘発する。予算も、利払い費の増大で圧迫される。

今回はまず、財政の課題について詳しく書いたが、今後、社会保障と安全保障についても論考を進めたい。

簡略に今の問題意識について紹介すれば、社会保障の課題は、端的に高齢人口の増大と若年者人口の減少に起因するもの。特別会計も含め社会保障費の2大支出先は医療給付と年金給付。医療給付は、年齢階層別に高齢世代になるほど一人当たりの年間医療費は顕著に増大する。当然年齢階層別人口分布において高齢者の比重が大きくなれば国家財政における医療給付費は増大する。

また、年金において取られている今の賦課方式は、人口増大社会を前提とし、その中で合理性があった制度。人口が増大局面にあるときは、支えられる人数が少なく、支える側が多い人口構造(ピラミッド型)であれば双方に負担は少ない。しかし、現在のような花瓶を逆さにしたような人口構造の社会では、支えられる側の人数が多く、支える側が少なくなる一方なので、若い世代であればあるほど損をする。損をしながら生きていくことが国家によって決められている社会とはいかがなものであろうか。ジム・ロジャースが、自分がもし10歳の日本国民なら「AK-47を購入するか国外に去ることを選ぶ」と述べたのもわからなくもない。

安全保障も長年、避け続けられている課題だ。沖縄の辺野古を始めとする基地問題は、本当に解決を図ろうと思ったら、今の隷属的側面が色濃い日米関係を変えていくしかない。そしてそれは日本の安全保障の大局的な設計を抜きにしては語れないし、憲法9条改正問題も、その大局的設計があってこそ議論されるべき問題だ。

なお、念のため補足すると、今回の記事の目的は次のとおり。国民が今の国の真の姿を知るべきであるし、政治がそこを敢えてスルーしているのは極めて無責任だと思っているからだ。現状を明らかにし、将来待ち受けていることについて、たとえそれが見たくない真実であったとしてもそれを当事者に告知すべきだというのが、今の専門家のあり方。それが医師であっても弁護士であっても国会議員であっても同じことだ。その上で、苦い現実をさらに苦いどのような方策で乗り越えていくのかを国民と一緒に模索し、合意を得ていくというのが民主主義の正しいやり方であろう。

私は、この難局が現政権ひとりの問題だとは思っていない。ここに至るまで政治に関与した全ての政権、政党には同等の責任がる。この問題は、安倍政権やそのメンバーを個人攻撃しても解決しない。政治家として国民として本当に将来の日本に対して責任感があるのであれば、誰かに責任を押し付けるのではなく、課題に正当に向き合うべきだし、そういった姿勢を持った政党こそ、次の政権与党として国民が待ち望んでいるものであろう。ブルーオーシャンは未だに開けたままだ。

国債からみた日本の財政

国債からみた日本の財政。やはり大きな問題が見えてきます。引き返せないところまで来ているのかいないのか。最新のところでその数字をまとめてみました。

1.国債:

財務省発表の平成31年度3月末の国債残高見込  994兆7978億円

日銀資金循環統計 2018年12月末(速報) 1013兆0990億円

 平成31年度3月末の見込額である財務省の発表(発行ベースと思われる)と、平成30年12月末の各保有主体別に個別に積み上げた日銀の数値(保有機関の保有残高の合計)が若干違っていますが、いずれにしろ国債残高は概ね1000兆円に達しています。

 保有者別の内訳は下記グラフのとおりです。

出典:財務省 平成31年度国債発行計画について

 日銀以外の銀行や生損保、年金、家計(個人)、海外投資家などは合計505兆円ほど国債を保有しています。仮に国債価格が暴落しても、会計上、日銀は簿価(買入価格)で評価するのでバランスシートは痛みませんが、それ以外の505兆円の保有者は相当の痛手を被ることになるでしょう。

2.平成31年度予算における国債発行予定額

一般会計分:建設国債・4条公債新規発行額 32兆6605億円

特別会計分:復興債 9284億円

財投債 12兆円

借換債 103兆1404億円

国債発行総額    148兆7293億円 

 予算案の一般会計だけ見ていると、国債は32.6兆円しか発行されていないように見えますが、借換債を含むと148.7兆円もの国債が今年度も発行される予定です。日銀の国債買い入れが最近40兆円未満程度(保有残高の推移からの推計)であることからすれば借換債の多くは日銀以外の主体(ほとんどは金融機関)が引き受けているのでしょう。

3.予算のうち、国債償還のために固定化されてしまっている経費

  債務償還費(元本償還分) 14兆6580億円

  利払費等          8兆8502億円 

  国債費計         23兆5082億円

 国債は(復興債などの一部例外あり)、60年償還ルールにより、毎年1.6%ずつ償還費が積まれ(1.6だと60年で96%にしかならないので正確には62年ルール?)、それが特別会計の国債整理基金に流れてそこで少しずつ償還されていきます。換言すればその年の残高の98.4%は据え置かれ、期限の到来したほとんどの国債は借換債によってジャンプされているのです。 

 それでも、新規国債が発行されなければ60年で国債残高はなくなるはずですが、今年度予算でも新規国債発行額は32兆6605億円。償還したのは14兆ですから、18兆円逆に増えているのです。

 このことから導かれる問題は、以下の2つです。

 ① 将来の予算を少なくとも60年に渡って、毎年23兆円以上拘束してしまうこと。

 ② 国債残高は増え続けていくであろうこと。

 ①について少し付言すれば、債務償還費は、現状ベースで14兆6580億円が固定されています。これに、毎年発行される新規国債の1.6%が加算されていく訳です。国債が32兆円新たに発行されれば債務償還費はこれに5120億円加算されることになります。

 また、金利はご承知のとおり現状ではとても低い。1000兆円を残高とすれば、この利払いが8.8兆円しかないのですから、金利は0.88%ということになります。これ以上の低金利はあまり考えられないことと、元金にあたる国債残高が漸増していくことを考えれば、本年度予算に計上されている8.8兆円程度は今後も利払費としてかかっていくでしょう。

 ②についても補足します。将来、仮にプライマリーバランスが均衡したとしても、利払い費分はプライマリーバランスの外なので、その分(今年度の例では8.8兆円)新規国債はやはり増えていくのです。下図は、財務省の予想グラフ。内閣府の作成した大甘の「成長実現ケース」によるものです。

出典:財務省 平成31年度国債発行計画について

4.まとめ

 将来に渡って、国債残高は順調に!増加していくでしょう。危機や破綻といわれるものは、ある日急に訪れるものです。それは国債破綻か、インフレか、それとも予想もつかない別の形でかはわかりませんが。これをいうと、「いつになったら起こるんだ?」と批判する方が必ずおられますが、福島第一原発の事故前に、著名なお笑い芸人が原発反対派を嘲笑していたことが思い起こされます(もちろん、安倍総理の例の発言も)。

 財政均衡や財源のことはすっかり頭から離れた政治家の言動が相変わらず目立つ昨今ですし、財務省の陰謀論が大好きな方もおられます。しかし、厳然と積みあがった事実も一方であるのです。野党支持者の方の多くは、「安全寄り」に考えて地球温暖化論では、CO2削減に積極的な方が多いと思われます。原発問題も同じでしょう。

 私は、日本の財政についても、「安全寄り」に考え、未来への負担削減を提唱していきます。皆さんにも一緒にこの問題について考えていただければ幸いです。

【国会報告】本会議:民事執行法一部改正

 今日は午後から本会議。民事執行法の一部改正案の質疑が行われました。この改正案は、①財産開示命令(裁判で負けたのにお金を払わずいる人の財産を明らかにするよう、債務者の出頭を求める制度)②不動産競売に暴力団員が参加できなくするための手続整備③ハーグ条約に関連し、子の引き渡しに直接的な強制執行を認めてそのやり方について手続を新設するもの、の3つを定めたものです。
 ①②は、実務に生じていた問題点を改善するもので賛成ですが、③には抵抗があります。ハーグ条約に沿った子の引き渡しがなされていないことについて国際的批判があったことは事実ですが、法整備が進むことにより、様々な事情により海外から国内に子どもと共に逃げ帰って平穏に暮らしている親子を無理やり引き離すという事例に繋がることも当然予想し得るところです。国際的批判がいつも正しいとは限りませんし、今まで法務省が意識的にこれをサボタージュしていたのは、そういった点を考慮しての日本的なやり方での抵抗だったのでしょう。
 今日は野党第一党、第二党が代表質問されたのですが、私が法律の実務家である故に余計辛口な評価になってしまうのでしょうが、①②の実効性について十分な理解がなされているのか疑問の残る質問でした。そして、③について、その背景に潜む上記の問題点について意識をあまりされているようには思われませんでした。
 やはり、野党はシンクタンク的な機関を自前で持つ必要がありますし、それでも不足する分について、日弁連などの各委員会委員にリサーチする必要があるのではないでしょうか。野党の政権担当能力は、こういった細かいところに現れてくるのだと思います。率直にいって、現状では不足があります。
 もう一つ、気になったのは法案外のことに関する過度の言及。私が普段リサーチしているところによれば、普通の国民はこういうやりとりをあまり好ましく思っていません。
 野党は常に国会における質の向上を意識し、中身で勝負、という姿勢で堂々と論戦を行っていただきたいと強く願っています。
なお、野党が政権を担当するためという視点からの批判ですので誤解なきよう。批判ないところに改善も向上もないのですから。

環境省が環境破壊省になった日

皆さんは「再生利用実証事業」というものをご存知だろうか?

あまり耳慣れないこの事業は、環境省が今福島で進めている事業だ。

除染作業で集めた土は、本来であれば福島県内の中間貯蔵施設で保管された後、30年以内に県外の最終処分場で処分されることになっている。最終処分は普通であればトレンチ、すなわち地中に溝を掘ってコンクリートなどで障壁を作り、そこに監視しながら保管することになる。

 

現在までに集められた汚染土は1700万㎥という途方もない量だ。地道に除染作業員の方が各地で集め、フレコンバックに詰め込んだのだ。

この折角集めた汚染土を今、環境省が再び環境中に散逸させようとしている。それが再生利用実証事業だ。汚染土を道路の下に埋めたり、園芸作物(リンゴやブドウ、キャベツ、大根など)や資源作物(燃料油の原料となるトウモロコシなど)の土壌に使うというものだ。

 出典:環境省 中間貯蔵施設情報サイト 飯館村における再生利用実証事業http://josen.env.go.jp/chukanchozou/facility/effort/recycling/iitate.html

 

本来であれば,トレンチを掘って厳重に隔離した上で監視下におくべき汚染土を,道路の下に「再生資材」と称して埋め込んでしまうという発想は,一昔前の廃棄物を敷地に埋めて処理してしまっていた杜撰な工場を思い起こさせるが,今回の実証事業とやらはそれを作物の土壌の一部に使おうということなどちょっと想像もつかないことをしようとしているのだ。このような「実証事業」が既に飯館村と南相馬市で始められてしまっている。二本松市でも行われようとしたが,住民の反対にあって頓挫しているようだ。

この福島県内でなんとかごまかそうという発想は,沖縄における米軍基地問題を思い起こさせる。政府は,30年で県外最終処分を行うことができないと考えているからこそ,約束に反して,福島県内で,「再生処理事業」などというお為ごかしの名前をつけて,事実上の最終処分を進め始めているのだ。

これは絶対に許してはならない事柄だ。政府与党は,福島県民に約束したとおり,汚染土の全量を県外で最終処分しなければならない。このところの常習手段である,「名前をつけてごまかす」ということは,この問題では絶対に取ってはならない。

どうしても「再生処理事業」とやらをしたいのであれば,環境省は「環境破壊省」と名称を改めるべきだ。誰の指示でこのような環境破壊を計画しているのかは不明だが,実態に名前を合わせるのは当然だからだ。

ドラえもんが送り込まれる日。私たちの今が未来の迷惑となっている現実

私が小学生だったころ、ドラえもんの連載が始まった。のび太君があんまりだらしない一生を過ごしたので、ひ孫のセワシ君の代まで貧乏で苦しい生活が続いている。セワシ君がドラえもんを過去に送り込んで、大本の原因であるのび太君をなんとかして未来を変えようというのが始まりのストーリーだったと記憶している。

今、国会にドラえもんが現れてもおかしくない、そんなことをふと思った。

財務省の直近のリポートでは、平成31年度末の国債残高は約995兆円、それ以外の借入金や政府短期証券を合わせると、国の借金は約1250兆円に上っている。もちろん、これだけの借金が急に生じた訳ではない。下図はその推移。

出典:平成31年度予算の編成等に関する建議(財政制度等審議会)https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia301120/index.html

 

国債残高が急増していったのは毎年度予算における歳入(税収)不足を埋めるために、国債を発行し続けたからである。

ただし、国債残高が急増し始めたのは歴史的にはそんなに古いものではなく、平成5年くらいから。

日本の人口増大が頭打ちになり経済における人口ボーナスが終わりを告げ、これによって高度経済成長及び平成バブルが終焉を迎えて税収も落ち込み始めたのに、政治家たちはレジューム・チェンジが起きていたことを理解しなかった。夢よもう一度とばかりに財政支出主導の景気拡大政策を続けることを選択し、これに人口高齢化に伴う社会保障費の急増も相まって予算は膨大化した。そしてその原資に、国債発行というもっとも安易な道を選んでしまったのがことの始まりだったのであろう。

(総務省人口推計より 青山まさゆき事務所作成)

出典:財務省 債務管理リポート2018 https://www.mof.go.jp/jgbs/publication/debt_management_report/2018/index.html)

 

理由はともかくとして、今を生きる我々にとっては、約1000兆円もの残高の国債が目の前に残されている、という現実だけが迫ってくる。

このため、例えば今年度予算では過去の借金である国債費に23.5兆円が費やされている。今年度予算の23.6%が、過去の負の遺産のために拘束されてしまっているのだ。

出典:財務省 平成31年度政府予算案 https://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2019/seifuan31/index.html

 

この傾向は、国債残高の累増と共に、ますます悪化し、かつ長期化していく。償還期間が10年を超える超長期国債(20年債、30年債、40年債の3種類)の比重が増しているからだ。

 

 

出典:財務省 平成31年度国債発行計画の概要 https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/meeting_of_jgbsp/proceedings/outline/181120pdf78.pdf

 

 

40年債は、40年後に償還費用を捻出しなければならない国債だ。つまり、われわれは40年後の未来、2059年の未来に生きる日本国民の予算を拘束し、負担を押し付けてしまっているのだ。

現在国会で議論されている「特定防衛調達に係る国庫債務負担行為により支出すべき年限に関する特別措置法の一部改正法案」は、簡単に言えば武器の10年分割払いを可能にするものであり、後の予算を拘束する。分割払い分の費用は固定化してしまうので、後の予算に関する裁量の余地が狭められるとしてこれが問題視されている。

しかし、安倍政権だけでなく野党もあまり意識してはいないが、私たちは、実ははるかに遠い未来の予算を、はるかに大きい金額でもって浸食してしまっているのだ。

ある日、ドラえもんが未来の世界から国家に現れ、未来のスーパーテクで今の私たちのだらしのない財政をただしてくれればありがたい。「自分たちの使うお金は今の自分たちでなんとかしてくれ。未来の子孫のことも少しは考えなければダメだよ。」とお説教でも垂れながら。

しかし、21世紀(2003年4月7日)になっても鉄腕アトムは現れなかった。ドラえもんもきっと現れないだろう。今を生きる私たち自身が、自分たちの子孫のことを考え、未来の世代の選択肢をこれ以上狭めてはならない。おじいさんたちの世代のせいで、今の僕たちはこんなに苦しい、と未来の世代にうらまれるようなことはもう終わりにしよう。

デニー知事の言う「危なさの平行移動」。沖縄と日本の基地問題の本質

 沖縄県のデニー知事が、辺野古への基地移設は「危なさの平行移動」に過ぎない、とメディアの取材に答えておられた。結局、沖縄県内での基地移動であれば、沖縄県民にとっては平行移動でしかない。しかし、他県が受け入れるかといえば、保育所や太陽光発電所、風力発電所にも反対する日本人の国民性からしてそれは絶対に不可能。鳩山政権で実証済みのところだ。

 やはりほとんどの日本人が意識していない、戦後の占領体制の継続に終止符を打たない限りこの問題は解決しない。
 ホワイトハウスへの請願署名活動がいっとき話題となったが、もう一つしっくりこなかった。請願はオバマ大統領が市民のために作ったシステムのようだが、日本の領土における問題を、たとえ米軍基地のことだとしてもアメリカに請願するというのは従属的であり独立国らしくない。
 
 本来、憲法改正を言うのであればここのところこそ議論すべきで、その演繹の結果導かれる結論によって決すべきところなのだ。自衛隊員の子どもさんがかわいそう、などという出所も不明な感情論的な例え話みたいなことで行うべき議論ではない。国の礎に関わる問題なのだから。

【国会報告】防衛調達特措法一部改正法案

    3月7日の本会議では、防衛調達特措法一部改正法案の審議が行われました。
 国が何かを買ったときには単年度、つまりその年のうちに支払うのが原則です。その例外が国庫債務負担行為と呼ばれる分割払いです。現行憲法が制定された頃に作られた財政法では、3年払いまでを原則としていました(その後5年に改正)。ローンが多くなれば後の財政の手足を縛ることになるので当然の考え方でしょう。これを難しい言い方をすれば財政が硬直化する、と言います。
 ところが、2015年に安保法制の審議がなされる前にこれを10年払いにまで拡張する特例法(平成31年3月までの時限立法)が定められてしまいましたが、今回はこの特例法を5年間(平成36年3月まで)さらに延長するというものです。
 現在既にこの後年度負担は5兆3000億円にも登っていますが、この後、FMSと呼ばるアメリカの対外有償援助( Foreign Military Sales)でご承知のとおり、あまり性能的に評判の良くないF35であるとか、イージスアショアなどを爆買いすることが決まってしまっているため、防衛予算はますます硬直化していくのです。
 こういった問題点について、国民民主党の下条議員、社会保障を立て直す国民会議の重徳議員、共産党の宮本議員がコンパクトに要領を得た質問をされていました。こういう問題のある法案審議では特に、あまり余所事に時間を割くことなく、問題点をズバッと指摘するのが望ましいと改めて感じた次第です。

安倍政権はシュールな超現実派路線。憲法9条改正案はその路線のラスボスだ。

 歴代の自民党政権は現実的政策を基本的に指向してきた。戦後殆どの期間政権を担当してきたのだからそれは当然であった。ただそれでも、現政権以前の歴代政権は、支持者層と共有している政治的理念や歴史的経緯、さらには世間に対する建前(世間体)などには常識的に配慮していたし、踏み越えるべきではない一線というものも意識してきた。また、田中政権の日本列島改造論、中曽根政権における国鉄民営化や間接税導入(これは頓挫)、小泉政権の郵政民営化など、その政治家の理念や信念に基づく将来に向けた政策が真正面から唱えられ、果敢に実現されたこともあった。

  しかし、現在の安倍政権の政策には、歴史的経緯や建前などに対する配慮や、保守政治家としての理念は覗えない。そこにあるのは、目の前の現実に対し,必要性のみをもって対処する、というきわめてシンプルな手法だけだ。シュールの域に達したともいえる超現実派路線が実践されてきたのだ。ここで注意しなければならないのは、安倍政権の政策立案の動機である「目の前の現実」は、日本社会の現実からくる要請だけではない、ということだ。そこには、第二次大戦後、陰に日向に強い影響力を持ったアメリカからの要請も「目の前の現実」の重要なものとして含まれている。そのことは、トランプ大統領の要求によって際限なく実用性に疑問のある高価な防衛機器を購入しているのを見ればよく理解されるところだろう(余談だが、その結果アメリカは今や事実上の宗主国のような振る舞いようだ)。

 現実だけを見据えた政策の反作用として、将来における不利益が当然起きる。これは安倍政権の政策に共通した弱点だ。

 だが,安倍政権の超現実派路線の最大の問題点は,そこではない。それは、政策導入目的の本当の意図を説明せずに言葉でごまかして、あたかもその政策がおいしいものだけでできているように見せかける,そういう不誠実な手法にある。その手法が常態化しているのだ。

 

 その例を上げれば枚挙に暇がない。

 まず最初の例がアベノミクス(≒異次元緩和)。大規模なマネー増発により日本人のデフレマインドに働きかけ,トリクルダウンにより庶民の懐も良くするというのがその謳い文句であった。

 しかしその実態は,円安誘導政策であり財政破綻回避政策であった。

 当時、国債発行額が年々増加して国債買入の主力であった民間金融機関の買入能力をやがて越えるであろうことは明らかになりつつあった。苦肉の策として、財務省に日本国債を海外に売り込むための課が設置された。国債の暴落も懸念され始め、三菱東京UFJ銀行が国債破綻に対するプロジェクトチームを作ったと報道されたこともあった。国債の買い手が不足し,国債がさばけなければ利回りは上昇する。そうなれば既発国債の暴落を呼んで国債を多く保有していた民間金融機関が次々と破綻することも危惧された。日本発のリーマン・ショック再来である。

 一方では、欧米が大規模な量的緩和政策を取る中,日銀のみが健全な政策運営を続けていたため,円高が続いていた。円高は国富の増大となるし,輸入物価の低下によって庶民の暮らしは楽になるので、国民全体にとっては悪いことではない。しかし,輸出産業にとっては打撃である。

 その解決策となるのが「異次元緩和」であり,これを柱としたアベノミクスであった。しかし,この解決策は緊急のカンフル剤であるべきであった。この劇薬が安倍政権存続とともに継続し,将来の世代にとてつもなく大きな文字通りの負の遺産を残し続けてしまっている(「日本の社会は上手くいっているか?」参照)。そして日銀の国債保有残高は2018年末には444兆円にも達してしまった。

 また,ちょっと前であれば「1億総活躍社会」政策というか掛け声。高齢者や子育て中の女性も生き生きと学び働ける社会を実現する,という建前の施策である。しかし,その主眼は「学び」ではなく「働ける」方にあった。団塊の世代の大量退職に伴い,日本の労働人口減少が顕著になっていた。そこで、それまでは労働市場に本格的には参加していなかった65歳以上の高齢者世代や子育て世代の女性などを新たなる労働力として活用しようというのが真の目的であった。が、それを素直に言っては身も蓋もないので言葉でごまかしたのである。もう一つの裏目的は、近い将来に訪れかねない年金破綻や高齢者世代への医療費自己負担増加も,高齢者世代が働いて収入があればなんとか受け入れてもらえるであろうから,働ける限り働いてもらって(出来れば寿命近くまで)国の負担を軽減してもらいたい,ということ。「国民は死ぬまで働いてくれ」宣言でもあったのである。戦中の「一億総火の玉」とあまり変わらない国都合のスローガンなのだ。

 

 外国人労働者受け入れの大幅拡大や定住に道を開いた去年の入管法改正案もしかりである。特別な経験や技能(これを「特定技能」と表現)を持つ専門的人材に限って,外国人労働者を大量に,しかも5年という年限で受け入れるというものだ。

 しかし,実際は,専門的人材を目的としたものではなく、いわゆる単純労働の範疇に属するところの宿泊業や建設業の分野にも外国人労働者を広く受け入れ,労働力不足をなんとか凌ごうという目的の立法に過ぎない。また,5年は延長可能であり,10年の定住も可能だ。これは,外国人労働者に対して永住権付与を可能とするものであり,これまで事実上途を閉ざしてきたに等しい日本の移民政策を大きく変更するものである。当然、日本社会の将来に大きな変革をもたらす可能性がある。このような大変革を行うのであれば,事前に国民に対して政策的意図を説明し,国民的議論や理解を経た上で行うべき政策であった。だがそのような説明など一切なされずに性急に導入が図られたことはご承知のとおりである。

 要は人手不足が急速に顕在化したことによる産業界の要請に急ごしらえで作り上げただけの粗雑な法案であった。このため、その中身となる部分は全部省令に丸投げされ,その詳細はブラックボックス化している。そんな拙速なやり方ではなく、本来であれば入管法「改正案」などではなく,新たなる「法律」として正々堂々と導入すべきものであった。

 この政策は「現実の必要性に迫られ,小手先の対応策を取った」ものであり,かつ「言葉で真の姿をごまかした」安倍政権の問題点のまさに象徴であった。

 

 最も最近の例としては,今国会での予算案及び関連税制法案審議で問題視されている、消費税率上げに伴うポイント還元制度がある。消費税率上げに伴う駆け込み需要の平準化を図り,税率上げ後の景気落ち込みを防ぐというのがその名目である。

 しかし,2%の税率上げに対し,5%の還元はいくらなんでもおかしい。したがって、この制度は野党各党が問題視し,野田元総理も先にブログで強く批判されておられた。ポイント還元制度の恩恵を受けるためには基本的にクレジットカードなど現金決済以外の手段を持っている必要がある。しかし,子どもやお年寄りなどクレジットカードを持たない層も多い。最初から不公平なことがわかりきっている制度なのだ。選挙目当てのバラマキ(次の参院選かオリンピック後の衆院解散?を見据えて)か,加盟店拡大を図るクレジットカード会社への忖度か。麻生財務大臣ですら首をひねっている様子がありありのこの制度は,あまりに近視眼的であり理念なき「超現実派路線」の象徴である。

 

 さて,真の政策目的を押し隠し,言葉でごまかす安倍手法の最たるものはこれからやってくる。理念なき超現実派路線のラスボスは、これから論議が本格化するであろう憲法9条改正案である。

 安倍首相は,9条改正の理由というか動機について「憲法違反と言われて自衛隊員がかわいそうだから」と繰り返し言っている。その事例が実際に存在したか否かは不明であるが,あまり説得力はないし、9条改正という大問題の動機としてはあまりに弱い。大多数の国民は自衛隊員の努力に敬意を払い,憲法9条とは関わりなくその存在を正面から認めているという事実があるからだ。

 では、真の目的は何か。

 そうではないことはわかりきっているが、仮に安倍首相が保守政治家らしく

「戦後75年に渡って続いてきたアメリカによる事実上の支配を脱却し,真の独立国家としての地位を確立する。そのためには自主防衛の確立が不可欠であるので憲法9条を含めた憲法改正は必須である」と、日本の将来の在り方についての理念に基づき憲法改正を提起したのであれば,まだ良かった。日本で初めて政治的課題について国民的議論が巻き起こり,日本社会が変革するきっかけとなったであろうからだ。沖縄問題も,結局はここに帰結している。

 しかし,実態は異なる。現在の日本(≒安倍政権)はアメリカの意向には逆らえない。2013年頃から大きく方針が転換されたアメリカの世界戦略に基づき,特に海上自衛隊をアメリカ海軍の補完戦力とするべく着々と進められた法整備(先の安保法制もその一環)やそのための戦力増強の総仕上げが憲法9条改正なのである。自衛官の子どもが胸を張るためではなく,首相がアメリカのための海外派兵を実現してアメリカに胸を張るための改正なのである。

 私が安倍政権を危惧するのは,個々の政策自体の是非からではない。そのやり方にある。今の不誠実な手法は民主主義や国民主権の対極に位置するものだ。個々の政策については,その効果や必要性の見地から考慮すべきものもあり、正面から議論され、その提案のされ方次第では、やむを得ないが賛成の余地もあったものもある。

 しかし,いかに日本の社会が政治に関心が薄く,選挙結果=民主主義=政権への白紙委任という誤った理解が常態化しているとしても,それでも政権与党には政策目的を明らかにし、野党と論争を行った上で国民の理解を得るという姿勢は必要であろう。そうすれば,野党も,枝葉の議論や言の葉の問題に拘泥することは脇に置いて、堂々と政策論争の土俵に乗ることができるだろう。それは政党間の利害得失を超えて日本の発展に繋がる。

 そして、与野党間の真摯な政策論争を求める国民は意外なほど多いのだ。

下降線のときにもサステイナブルな社会を

 先週,深夜国会が開かれ,衆議院を予算案が通過した。深夜国会となったのは,逆算してそうなるように厚労大臣の不信任決議案が提出され,時間を測った趣旨弁明が野党により行われたからだ。その合理性に疑問の声はあちこちから上がっており,私もその通りだと思う。テレビを意識した野党のアピール,せめてもの抵抗手段としての手法であることは理解するが,やはり時代は変わっている。日本の行く末を正面から議論する姿こそ,野党に求められているところ。そこをこそアピールし,特定の既得権益に配慮することなく国民全体の利益を考えて日本を変えていく,そこを国民によく理解してもらうための戦略を練ってそれに成功した野党がやがて日本の政治を変えていくだろう。

 

 さて,一昔前,まだ世界遺産になる前の屋久島を訪れたことがあった。縄文杉を目指して夜明け前にトロッコ鉄道の線路を通って山に入り,1~2時間過ぎたころだろうか,小学校の跡地だったというところに着いた。こんな山の中に小学校?と驚いたが,今は1人も暮らしていない山深いその地に当時は1000人以上が暮らしていたと聞いて二度驚いたことを覚えている(あくまで記憶なので数字は不正確かも知れません)。木材伐採と炭焼きが一大エネルギー産業であったことをまざまざと示した戦前の歴史の跡であった。何をどうしても今そこに同じ規模の集落を作ることは不可能であろう。

 同じようなことは昭和にも起きた。北海道や九州では炭鉱がやはり一大エネルギー産業であり,そこに従事する労働者も多かった。しかし,エネルギーが石炭から石油へ移り変わり,また,海外の露天掘りの石炭との競争に敗れたこともあって,炭鉱も廃れた。三井三池闘争などもあったが,いかに政治的なものを含めて抗ったとしても時代の趨勢にストップを掛けることは不可能だったのだ。

 最近,連続してブログを書いた人口減少も,大きな時代の流れの中のやむを得ない趨勢なのではないか?必要を超えて増えすぎたものは減り,減りすぎたものはまたやがて増える。自然界の中では自然な個体数の調整が間断なく起きている。人口の増減もこれと同じく自然のなせるわざでもあろう。国といえども無理をしない方がいい。あくまで個々人の幸せを増大させるという範囲で社会の改善を図る。子どもを持つ家庭では,教育費が無償であれば生活は楽になるであろうし,特に幼児を抱えて働く親にとっては,時短や子どもの急病時に気兼ねなく休める仕事場こそ必要なものであろう。ちなみに私の法律事務所では,時短OK,保育所費用1人分は全額支給,子どもの急病時に休むことは完全にFreeなので,出産で休職された方も子どもが1歳になったら職場復帰することが常態化している。

 こういった社会環境改善の結果として出生率が回復することもあるだろうし,それでも著変はないかも知れない。しかし何事も塞翁が馬,一昔前は人口爆発で地球がもたなくなる,食糧やエネルギー不足が深刻化する,と心配されたが,あの中国でさえ人口は峠を越え,日本と同じく極端な人口減少社会をやがて迎える。CO2排出を含め環境負荷は人口減少と共に減るであろう。また,国の最大の責務は国民を飢えさせないこと。異常気象が常態化しつつある中,気象変動による食糧難が起きることもあり得る。そのような突発事が起きたときに人口があまり多いよりは少ない方が当然対処はし易い。

 AIや自動運転などを組み合わせ,人口減少によって過疎化した地域でも最低限の医療サービス(遠隔診療やAIの補助による看護師などの医療補助職による診療)や交通の確保(無人運転車による都市部との交通確保や食料品なども含めたネットショッピングと配達の確保)によってあまり費用(≒税金)を掛けなくともそこで生活を続けることを選択した住民の生活を維持することが出来るようになるだろう。

 サステイナブル(持続可能)な社会とは,常に成長を前提としたものではなく,人口の増減や経済の好不調を含めた,サインコサイン曲線のような変動のある社会において,下降線のときにも対応した成熟した社会を作り上げて行くことなのである。

 

そうした観点に立つとき,先般の臨時国会で急遽上程され成立した入管法改正案による拙速な外国人労働者導入の急拡大は,あまりに無理の多い政策である。今まで研修や技能実習名目で,外国人労働者を奴隷労働のように働かせてきたことは反省し,大きな改善をなすべきであることは言うまでもない。しかし,外国人労働者を日本に馴染ませる努力やその仕組みの制度設計を後回しにして,人数のみを急拡大するのでは,日本社会に大きな軋轢を生む可能性がある。少なくとも日本語を理解し,多少なりとも日本人と触れ合った経験のある外国人であれば,意外に日本社会の考え方・在り方に共鳴するところはあるし,馴染むところは必ず出てくる。しかし,そのような努力や仕組みがない中で人数だけを急拡大すれば,日本社会とは断絶したコミュニティが形成され,日本人との間で強い軋轢が生じかねない。

もう一つ,日本ではまだ意識されていないが,欧州では,宗教上の理由から,イスラム系移民の出生率が格段に高いため,そう遠くない未来に,欧州の人種構成が変動し,欧州がそれまでの歴史的連続性を持った欧州とは全く異なったものとなるであろうと言われ始めている(詳しくはダグラス・マレー「西洋の自死」)。日本という国の人口構成が大きく変動すれば,今の日本とは全く異なった社会が生まれることになる。そのことを,今の経済的必要との天秤で,国民がリスクを甘受して選択するのであればそれはそれでいい。しかし,先頃の法案導入にあたっては,お世辞にも国民に対してわかりやすく説明や問いかけがなされたとは言い難いし,国民的議論がなされたという事実はなかった。外国人労働者に対する日本語教育などの制度が確立されるかどうか,受け入れ数値が過大とはなっていないか,などを含め未来を見据えた制度の検証が,これから受け入れが始まっていくと同時になされていかなければならない。

 

 最後にもう一つ,忘れてはならないのは,サステイナブルな社会を目指す中には,国や地方自治体の財政の持続可能も含まれているということだ。国民に対する人口減少対策ともなるベーシックサービス(教育費無償化や子育て給付金など)の拡充が,負担の先送りである国債発行に過度に依存してはならない。やるのであれば,消費税・法人税の税率引き上げや,他の支出(よくいわれる防衛費だけではなく歳出全般)の削減を含め,国民全体もしくはどこかの既得権益層に痛みを伴う政策導入として行わなければ真に未来を見据えた持続可能な政策とは言えない。

負担もなく,サービスだけが拡充される,そんな都合のよい話はどこにもない。あったとしたら,必ずどこかに隠された問題があり,やがてその問題が新たなる問題を生むのだ。

異次元緩和の副作用は地球温暖化のように訪れる

 今日は衆議院本会議で予算案の採決が行われる予定。野党はこれに対して厚労大臣の不信任決議案などで対決の構図を作っている。深夜国会も予想されている。圧倒的多数を占める政権与党に対し,野党が仕掛けられる手段は限られているし,日本のマスコミは議論の中身というよりどれだけネタになるか,ということにしか興味がないようなので仕方のないところではある。

 しかし,いつの日か,予算の中身というかそこに凝縮された日本の行く末に関する真っ向からの議論が国会で行われるようになってもらいたい,と切に願うし,周りでもそう思う普通の方は増えて来ているようだ。将来,どこの党がそういった「普通の人」の感覚を汲み取っていき国会を変えて行くであろうか。

 

 さて,去年の通常国会や臨時国会では国の財政のあり方を検討する財務金融委員会でも,日銀の異次元緩和(≒アベノミクス)に対して批判的な質疑が行われることはほぼなかった。日銀の黒田総裁が参考人として呼ばれること自体少なかったし,来られても厳しい質問が飛ぶことはあまりなかった。質問の中には異次元緩和政策の表向きの説明をそのままなぞっただけのものもあった。

  しかし,今国会は少し様相が変わってきた。連日黒田総裁が財務金融委員会に登場し,異次元緩和の副作用について問いただされる機会が多くなった。国民民主党の緑川議員は,低金利政策により,銀行のサヤが限りなく縮小し,特に地方銀行の赤字基調が定着しつつある問題を取り上げられた。日銀の異次元緩和の裏の目的というか真の目的の一つは、国債依存度が高すぎる日本の財政を維持するために、金利を低く押さえつけることにある。いわゆる「金利抑圧政策」である。金利が上がれば、国家予算(歳出)における利払いが膨大となってしまうので、これを限りなく安く済ませるため低金利への誘導を続けざるを得ないのだ。その最たるものがマイナス金利政策だ。

 しかし、これにも副作用はある。銀行の収益というのは、基本的に顧客への貸出金利と預金者への支払金利(預金金利)の差額である。金融抑圧政策は当然民間金融機関の貸出金利も低く誘導してしまう副作用がある。貸出金利の低下により、利ザヤが縮小すれば、銀行は赤字基調にならざるを得ない。例えば、住宅ローン金利は、大手の都市銀行では5年固定で0.5%台という信じられないような低金利だ。数が稼げる大手都市銀行はなんとかなるかもしれないが、地方銀行では貸し出しコストの方が高くつくであろう。銀行の支店廃止や合理化のニュースが報じられ始めているが、その背景には本業、つまり利ザヤで儲ける銀行のビジネスモデルが崩壊しつつある現実が隠されている。そして、大手都市銀行とは異なり、昔ながらの一般顧客からの預金受け入れと地方企業への資金貸し出しに頼らざるを得ない地方の銀行では、連続した赤字を示すところが増えてきているのだ。

 

出典 金融庁HP

https://www.fsa.go.jp/news/30/For_Providing_Better_Financial_Services.pdf

 

 今までは、異次元緩和の副作用のうち、ドラスティックなもののみがクローズアップされ、議論されてきた。その最たるものは国債価格の暴落であろう。しかし、国債価格に関してみれば、日銀が円の増刷(つまり通貨発行)により、買い支えを続けることもある程度までは可能だ。異次元緩和(≒異次元緩和を第一の柱とするアベノミクス)を危惧する声に対し、「いつまで経っても国債の暴落は起きないじゃないか」とこれを狼少年扱いする方も多かった。

 ところが、異次元緩和の副作用は意外なところで顕在化し、日本経済を蝕みつつあるのだ。

 ある程度の年齢の方は記憶にあるだろうが、バブル末期の頃、長銀や拓銀が経営破たんし、地方金融機関で取り付け騒ぎのようなことまで起きた。今回の異次元緩和の副作用は、静かに、しかし確実に進行している。

 もう一つの心配は、異常な通貨発行量の増大により、円安が進むことによってコストプッシュインフレが進み、日本人全般が相対的に貧しくなっていくことだ。円安はよく言われるようにザンビアのようなハイパーインフレーションとして一気に進むとは限らない。第二次大戦後のイギリスのように長期間かけてじわじわと進み、長い間じっくりと国民を窮乏に追い込んでいくことのほうがありうるのだ。現在円安が小休止しているのは、基軸通貨国であるアメリカの量的緩和(QE)が停止にとどまり、縮小にまで至っていないから。しかし景気の動向やトランプ大統領の退任などでいつ再開するとも限らないし、10年20年という長いスパンでみれば、やめようのない日本の異次元緩和が続いていけば、その結果は必ず通貨価値に反映される。

 最近、今の異次元緩和とこれによる副作用は、CO2と地球温暖化に似ていることに気付いた。何事も一直線に進むことは少ない。しかし、ジグザグとした経路をたどりながらも、原因は結果を着実にもたらしていく。気が付いた時にはどうにもならなくなっていた、では遅い。不都合な真実から目を背けてはならない。

 

*地球温暖化の学説が正しいとは限らないが、少なくともCO2の増加は間近に迫っていた間氷期の終わりを当面回避させたようだ。