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厚労省の策謀

若い力士の死亡について、著名な芸能人が「もっと早く調べられたらって本当に思います。」とコメントした(報知)。

やはり、ほとんど誰も気付いていない。史上稀に見る成功を収めた「厚労省の策謀」についてだ。

 

 それは、「PCR検査に目を向けさせて診療拒否をカモフラージュし、受診抑制を図って医療崩壊を防ぐ」というもの。

これにまんまと乗ったワイドショーの扇動的なコメンテイターの言葉が世論を「PCR検査」一色に染めてしまい、必要な人に必要な医療が何時まで経っても行き届かない現状がマスクされてしまっている。

そして、その反作用として肝心な医療体制の整備が進んでいない。診療拒否が正当に批判されればそこが改まっていくのが自然な流れなのに。

 一昔前のインフルエンザなんて誰も検査なんかせず、症状で診断してあとは対症療法。診察の前にPCR検査が必須と思い込ませたのがこの策謀のミソ。
厚労省は、見事な策謀で時間稼ぎには成功したのだから、本来やるべき診療体制の整備に全力を挙げるべきだ。

 

 厚労省がサボタージュしている間に、大阪では、十三市民病院がコロナ専門病院に改造され、5月22日から本格運用する(関西TV)。千葉では、民間病院がプレハブのコロナ専門病棟が突貫工事で建設している(TBS)。

このような対応こそが「策謀」によって稼いだ時間を使って行うべきであったところ。全国各都道府県にこのような病院・施設をその人口やエリア面積に応じて必要なだけ作るのは、2月からの3ヶ月間あれば十分だったはず。

しかも、詳しい報道がなされていて相当充実した施設であることが伺われる後者の場合、なんと費用は3億5000万円しか掛かっていない。47都道府県に2箇所作っても329億円。アベノマスクの当初予算の3分の1である。

 

今からでも、厚労省はやるべきことに全力を尽くすべきだ。そうでなければ「策謀」はただの「無策をごまかす陰謀」になってしまう。

検察庁法改正案の審議を巡って

ブログにおいて、ここ1〜2年継続して最大の問題として取り上げてきたのは財政赤字の問題。そしてこのところはコロナの問題。前者は個人的な興味で研究を続けてきたことを、後者はそれプラス弁護士として医療事件を数多く経験し医学的知見やものの見方について勉強してきたことに裏打ちされたもの。

そこに集中していたところ、現在の国会でコロナ以外の最大の問題である検察庁法改正が急展開している。

同僚の弁護士である串田誠一衆議院議員が法務委員会で熱心に取り上げてこられた問題であり、やはり同じ弁護士として冒頭の2つと同様裏打ちされた知識を持つ私にとっても看過できないところである。

大きな問題は、3つ。

 

1 時間的なことから直接の関係はないにしろ、特定の人物と政権との癒着が疑われる最中で法改正が図られていること。

 「李下に冠を正さず」

2 準司法機関であり、裁判所に準じる独立性が要求される検察庁のトップ人事に間接的とはいえ内閣の影響が現状よりも強まること

 「三権分立」

3  法務委員会と連合審査で取り扱われるべき問題を、森法務大臣の不安定な答弁を危惧してか、論客揃いを恐れたかはわからないが、内閣委員会の単独審査とし、しかも森法務大臣の答弁を避けていること

 「森隠し」

 

拙速な結論とならないよう、意見は述べて行く。

何人死者が出れば診療拒否を止めるのか

大相撲の勝武士さんが亡くなった。28歳の若さであった。20代の若者の死亡は国内初だという。

将来ある若者が亡くなられたのはまことに残念な限りであり、心からご冥福をお祈りする。

 そして、この残念な結果は、今の医療体制に大きな問題があることを示している。

 

 それは、「軽症患者の診療拒否」「救急患者の受け入れ拒否」が蔓延しているということ。

「PCR検査」のみを取り上げて大騒ぎしているマスコミや国会の陰に隠れているが、今の医療体制の最大の問題は、医療機関が新型コロナウイルスという疾患の取り扱いを事実上拒否していることなのだ。

 感染者病棟の医療者たちの献身の陰に隠れて、実は一般的な医療拒否が横行している。

 

 発熱や咳などが出始めた軽症者が、律儀に電話で診療の可否を市井の医院に訪ねても拒否される。

発熱や咳が悪化し、呼吸が困難になってきて救急搬送されても受け入れ先はない。運良く受け入れられても自宅に帰される。

 糖尿病の持病があったという勝武士さんの場合も、4月4日から38度台の発熱があり、師匠が保健所に電話をしたり、近隣の医院、病院を依頼、相談したが診てもらえず、8日になって血痰まで出て救急車を呼んだが夜まで受け入れ先が決まらなかったという。19日に状態が悪化し、ICUで治療を受けることになり、結局5月13日に死亡したとのことだ(日刊スポーツ)。

 上記経過でどこまで早期治療が功を奏したかはわからないが、血痰は肺血栓塞栓症の症状の一つ。コロナウイルス感染に血栓の合併症が伴うことがクローズアップされている今、血液検査の結果によっては抗血栓薬治療はできただろうし、CT所見などによって適切な対症療法を行えば、最悪の結果は回避できたかもしれない。

 

 初期にワイドショーが「PCR検査」の大合唱を繰り返したため、世論がおかしな方向に誘導され、本来問題とされるべき「軽症者に対する診療拒否」「救急患者に対する受け入れ拒否」という大問題がなおざりとされているというかマスクされてしまっている。それはマスコミ報道においても、国会論戦においても同じ。

 

 そもそもPCR検査は、新型コロナウイルス感染の確定診断のために必要な手段に過ぎず、症状から新型コロナウイルス感染が疑われる患者の治療には必須なものではない。一昔前まではインフルエンザの簡易キットによる迅速診断など一切行われていなかったが、みんな患者は高熱その他の症状で「疑い診断」で治療が進められた。新型コロナウイルスも同じこと。

 「PCR検査拒否」ではなく、「新型コロナウイルス感染疑い患者の診療拒否・受け入れ拒否」こそ大問題であることを、皆が理解すべき。そして、そこを改善することに政府・厚労省は全力を挙げるべきなのだ。

黒田日銀総裁の決意

あまり皆さんは意識されないかもしれないが、今回の超大型のコロナ対策補正予算、その原資は丸々赤字国債。

約26兆円は全額赤字国債で賄われる。その引き受け手は実質的には日銀。

今回のパンデミックにおいては、世界中の国が同じような緊急経済対策をとり、それを国債発行で賄っているので、円だけが突出して信任を失う≒円安となる心配もないため、それはやむを得ない措置だし、むしろ適切。

しかし、今後はまた別の話。これが癖となれば、円がペーパーマネー化(2012年のロイター記事「量的緩和は江戸時代の藩札制度か」参照)して、確実に中南米でよくみられる惨憺たる将来がやってくるだろう。

 

 その辺りを昨日の財務金融委員会で、黒田日銀総裁に問い質した。そして、黒田総裁は思わぬほど強い言葉で決意を示された。「国債を無制限に買い入れてインフレをもたらすということには絶対にならないふうにするということはお約束できます。」と明確に約束されたのだ。

 自民党の一部議員(60人もいるそうなので一部ではないかもしれないが)からは、消費税を0%にする、という大変なポピュリズ的提言がなされているが、黒田日銀総裁はこれを否定したに等しい。

 

 なお、質疑の全文を以下にご紹介する。なお、内容が変わらない範囲でごく一部若干の省略をした。

 

○青山

 政府が今回のコロナウイルスの大変な流行に対して、例外的な手段である赤字国債に100%依存して巨額の補正予算を組んだ、それを日銀が支えていく、これ自体はやむを得ないと思っております。

なぜならば、あのドイツ、憲法上のルールで財政均衡が義務づけられているドイツでさえも、憲法上の特例として、政府のコントロールできない緊急事態が生じたということで同じような規模の予算を組んで対処している、世界中がやっているわけですから、これは日本も当然やるべきことということになってくると思います。

ただし、心配なのは、今回はこれでもちろんいいわけですけれども、これが、例えば将来、落ちついた後にもいわゆMMT、(これを)非常に声高に叫ぶポピュリズム的な、中南米的な政治勢力、こういったものに今回のことが前例としてあるいは使われるかもしれない、そういうおそれは十分にあると思っているんです。そういう観点でお伺いいたします。

 

  4月27日に黒田総裁が記者会見をなされて、議事録を見ますと、今までになかったことだと思いますけれども、財政ファイナンスではないのかという質問が三社からあるわけですね。

これに対して黒田総裁は、「日銀は主観的というか、目的としてはイールドカーブコントロールのためにやっている、だから問題はないんだ」というようなお答えをされているわけです。

 しかし、日銀の主観とは別に、客観的にはどう見ても財政ファイナンスへの道を更に踏み出した、こう見える、これはもう疑いようのない事実だと思うんです。世の中というのは、主観が問題とされるというよりは客観的にどう見られるのかということが重視される、これは往々にしてあることです。

 今までは日銀が、異次元緩和にしろ黒田バズーカと言われた量的緩和にしろ、主観としてどういう目的で行っているかという建前を各マスコミも尊重してきましたし、当委員会でも黒田総裁がおっしゃったデフレマインどの払拭ということを前提とした質疑が行われてきた、そういう流れもあったと思います。

 当然、中央銀行総裁として、財政ファイナンスをやっているなんて、そんなことは口が裂けても認められるわけはないわけであって、それはそれとして、そういうお立場であったことも理解しています。

 

 しかしながら、今回の記者会見の中で、非常に気になったのは、

 

「国債の買入れ額を無制限としたことで今後政府は金利上昇リスクを気にせずに財政出動しやすくなるか」

 

という質問が出されたのに対して、総裁が

 

「あくまで財政規律にどういう影響があるかというのは財政政策を主体的に決める政府、国会の役割」、

 

こう答えられているわけです。

 これはもちろんそのとおりなんですけれども、しかし、加藤厚労相が先日、私もブログでたたかせていただいたんですけれども、受診の目安を示しただけで基準を言ったわけではない、あの非常に無責任な答弁とある意味重なって見えるわけです。

 なぜならば、ドイツには先ほど言ったような財政上のルールがある、だからこれは異例の事態であるし、これが広がるおそれも余りないわけですね。だけれども、日本には事実上ないわけですよ。

 そんな中で、例えば、政治的な役割として、財政規律に目配りした物を言われている麻生財務大臣がけちだ何だと総スカンの状況にあるわけです。こういう中で日銀総裁がああいう物の言われ方をされると、さすがに日本の将来が心配になるというか、政治的にもたなくなってくるのではないかと思うんですよ。

 

 黒田総裁が異次元緩和を始められたころ、これが財政ファイナンスだと言っているのは海外メディア、たしかフィナンシャル・タイムズあたりが言っていたと思うんですけれども、それから7年たって、日本の記者でさえも正面から、(今までは)どうもデスクから禁じられていたようですけれども、財政ファイナンスというような質問が出るようになった。

 次は市場、特に為替市場から私はその指摘を受ける番じゃないのかなということを非常に危惧しているわけです。

 そこでお伺いしたいんですが、今までの異次元緩和もそうですし、今回の措置も非常に例外的な ものであって、日銀がこういう、国債を買い入れて、買い支えていくような、客観的に見るとですよ、そういう姿は例外的なものであって、いつまでも続けるものでないというメッセージを発するべき時期が来ているんじゃないかと思うんですけ れども、その点について御見解をお伺いしたい。

 

 ○黒田日銀総裁 

 従来から申し上げておりますとおり、国債の買入れにつきましてはあくまでも金融 政策の観点から行っているわけでございまして、 四月の決定会合でさらなる積極的な国債買入れを行うというふうにしましたのは、債券市場の流動性が低下しているもとで債券市場の安定を維持するとともに、現在の調節方針に定める長短金利操作を実現する観点から、イールドカーブ全体を低位で安定させることを目的とするものであります。

 

 公表文におきましても、いわゆるイールドカーブコントロールを含む長短金利操作つき量的・質的金融緩和については2%の物価安定目標にひもづけた形で示しておりまして、こういったイールドカーブコントロールというものを現時点で行うために必要なだけ国債を買い入れますということで、あくまでも日本銀行の行っている金融緩和措置、具体的には長短金利操作付き、いわゆるイールドカーブコントロールつきの量的・質的金融緩和というのは2%の物価安定の目標を実現するために行っているわけですから、当然そういったものが実現された暁に長短金利操作つき量的・質的金融緩和も修正されていきますし、国債を無制限に買い入れてインフレをもたらすということには絶対にならないふうにするということはお約束できます

 

○青山 

 今、最後におっしゃった点、 国債を無制限に買い入れてインフレにならないようにする、それは絶対にする、その言葉は非常に大事なことだと思います。ぜひそのメッセージを今後も明確に発信をしてください。 

 

保健所に違法なトリアージを続けさせるな。診療拒否を呼ばない臨時重症者用施設やコロナ専門病院を。

埼玉県でまたもや自宅待機中の方の死者が出た(毎日)。前にも申し上げたが、もう訴訟のレベル。今回のケースは二重の問題がある(症例については末尾記載)。

 

 一つは、報道を見る限りかなりの症状があり、しかも高齢というリスクファクターのある男性が救急搬送されたのにもかかわらず自宅に返されたこと。

 もう一つは、その返された男性の入院先に関するトリアージを保健所が行っていたことだ。

 

 前者については、平時であれば搬送先の病院の判断ミスとして訴訟問題に発展することも考えられるほど。

高齢・男性・救急搬送されるほどの咳と熱、そして話すことも困難な容態。普通であれば返すことはまず考えられないが、おそらくは二次感染を恐れる病院の事実上の診療拒否だったのだろう。3月初めくらいの事案であればともかく、肺炎や各所での塞栓症などによる急性悪化の症例が相次いでいる現在。パルスオキシメーターによる呼吸機能の状態の管理や、CTによる肺所見の経時的観察、血液検査による凝固機能異常へのモニタリングとこれに対するケア。報道されている内容であれば入院管理が必要であったことは明らかだ。

重症者用医療施設が足りないから、この内容のケースに手がつけられないというのであれば、ダイヤモンドプリンセスで対応したような臨時施設を設けて、そこに感染者が少ない県の専門科医師や自衛隊の医療班・医療施設などの応援も得るなどして、緊急時を乗り切る体制を構築するなども行われるべき。

 フランスでもアメリカでもそのような施設が最盛期には臨時に設けられていたし、ドイツなどはそうならないように最初から着々とICUや感染者病棟の拡大が図られていた。

 大阪府が先手を打ったコロナ専門病院の開設なども極めて有効な手段だろう。

 

 後者についてこれを保健所が調整、というのがそもそもおかしな話。その患者に入院が必要か否か決めるのも医療的判断。本来的あり方どおり、トリアージはプロに任せるべきだ。

 最前線の重症者管理をしている総合病院は大変な忙しさだが、逆に市井の医院などはコロナ余波で手が空いているところも多いと報道されている。そのために政府の援助を医師会が求めているほどだ。

 したがって、相談業務も、患者のトリアージ(振り分けも、医師会と早急に協議して分担を一般開業医と一般病院にオンライン診療という形で役割を分担してもらい、相応の費用をお支払いすれば三方一両得。

 この筋道を作るのになぜ厚労省は手を付けようとしないのか。

 

(ケースの概要)

 男性は、咳・発熱などの症状か悪化して救急搬送されたが入院の必要はないとしてPCR検査の検体を採取して自宅に返された。しかし、咳がひどくて話もできない状態で、食事も取れていなかった。翌日、PCR検査陽性が判明し、保健所は電話問診で症状を把握していたが、「重症者から入院させる。順番がある」と説明。その次の日(最初の救急搬送の翌々日)自宅で呼吸困難となり再び救急搬送されてその日のうちにより高度な治療ができる県内の別の病院に運ばれ集中治療室で人工呼吸器を付けたがその死亡したとのことだ。

 

「受診の目安」という名の診療拒否をいつまで続けるのか

昨日、厚労省が新しい「受診の目安」を公表した。「息苦しさ、強いだるさ、高熱などの強い症状のいずれかがある」「高齢者や基礎疾患がある人で、発熱やせきなどの比較的軽い風邪症状がある」「比較的軽い風邪が続く(症状が4日以上の場合必ず)」の3項目を設定。一つでも該当すればすぐに相談してほしいとのことだ。

 

 しかし、この「目安」とやらはとてもわかりにくい。

PCR検査を受ける目安なのか、医療機関を受診する目安なのか。後者の場合、接触者・帰国者外来の受診の目安なのか、一般医療機関受診の目安なのか。

 

 厚労省はその辺りを故意にぼかしているようだ。

加藤厚労大臣の国会答弁を聞くと、国は受診制限を呼びかけている訳ではない、と言わんがばかりだ(「加藤厚労大臣の許しがたい無責任答弁」参照)。

 しかし、新しい「目安」をみても、「37.5度が4日以上」という表現が「軽い風邪以上が続く(4日以上)」と変わっただけで、まずは「相談」という点に変わりはない。そしてその相談先は、厚労省のHPをみても「保健所の相談センター」である点に変わりはない。その電話の相手が「素人の相談員」という点もまた変わりはないのだ。

 

 本来、医師法19条には「第十九条 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」という規定がある。熱がある、咳が出たという患者を一般的に診療拒否することは同条に抵触するおそれがある。だから、厚労省は診療制限という言葉を避け、「接触者・帰国者外来」の受診の目安という曖昧な言い方に終始している。

 だが本当のところは、本来整備されているべき「感染症外来」が日本には数少ないため、医療機関での医療者や他の患者への二次感染を恐れ、加藤厚労大臣流に言えば「敢えて誤解を呼ぶような表現で」できるだけ医療機関への受診を制限してきたのだ。

 しかし、誤魔化しは誤魔化し。これまでも気概と勇気を持って感染可能性がある患者を受け入れてきた医療機関もあったが、多くの患者は診療拒否に苦しんできた。それは今も続いている。これを「発熱外来難民」と呼ぶ報道もあった(YAHOO)。

 そして、耳鼻咽喉科学会などは「2週間経っても他の症状なく嗅覚や味覚が改善しない場合は耳鼻咽喉科外来を受診してください。」と信じられないような「耳鼻咽喉科からのお知らせとお願い」を正面から掲げている。

 

 以上の状況について、今までは「感染症」に対する備えが不十分というか全くない日本の一般医療機関の現実を踏まえ、やむを得ないものとして目をつぶり、口もつぐんできた。

 その理由は、法の建前やら何やらを声高に叫ぶことによって、医療機関に患者が殺到し、二次感染が多発したであろう武漢の二の舞が起きては困ると思ったことがまず一つ。

 もう一つは、医療従事者が感染することにより、医療機関がダメージを受けては、一般医療を含めて医療システムが崩壊することを懸念したこと。

 そして、医療側というか行政側の都合として、重症化して酸素吸入や人工呼吸管理が必要となるまでは、受診してPCR検査などして感染が確認されても為す術がない、という現実を踏まえて、無駄な入院を極力減らして空きベッドをなるべく確保するという現実的必要性があったことを理解していたからだ。

 

 この政府の曖昧模糊としたやり方に対し、世間一般も、細かく突き詰めないまでも漠然とその辺りを理解して、政府の方針に従順に従っていた。いかにも日本らしい有様であった。

 

 しかし、である。今は武漢でこのコロナ感染がアウトブレイクしてから既に3ヶ月も経過している。そして、医学的知見や治療も進歩し、CT所見が有用なことや、血栓症を随伴して脳梗塞など四肢を含む全身に血管の閉塞による障害を起こすことこともあることが明らかになった。

そして、軽症といわれている段階から急激に症状が悪化して自宅や路上で死亡する方も相次いでいる。

 

 一方で、こういった実態を踏まえ、今や軽症段階の方にも行うべき検査や治療があることがはっきりしてきた。

マスコミやそれに煽られたごく普通の方たちは、PCR検査が一番大事と思い込んでいる節があるが、一般の医療の手順に照らせばおかしな話。結果が出るまで時間がかかり、検体採取にも危険が伴うので実は優先度は低い。それ以外にCT検査、凝固系血液検査、パルスオキシメーターの貸し出しによるSPO2管理(呼吸状態の指標となる)に抗凝固薬投与。もう少し経てばイベルメクチンやアビガン投与も加わるかもしれない。やるべきことは幾つもあるのだ。

 

 したがって、「目安」という曖昧な「診療拒否」をいつまでも続けていてはいけない。

政府は自治体任せではなく、医療体制を大幅に拡充・改変して「必要とする方に必要とされる医療を」提供すべき時期に来ているのだ。

 

 その方が、経済を無理矢理窒息死させるような外出自粛や休業要請を継続し、それに伴う莫大な各種給付と補償を行うよりもよほど合理的だし、支出総額も安く抑えられるだろう。

 

本質をついた大阪モデル。

医療システムの維持が新型コロナウイルスとの戦いの本質。極論すれば実はそこだけが問題ともいえる。

 その視点からすると、重症者用病棟の使用率を基準(日々60%未満)として取り上げている点、自粛解除に関する大阪モデルは本質をついたモデル。

 

  吉村知事はやはりセンスがいい。弁護士出身だけあって、他分野の専門家の意見を自分のものとしてかみ砕いてよく理解しているので、本質をついた政策を次々と打ち出せるのだろう。

 

 この感染症の死亡率からすれば(無症候感染者を入れれば1%未満というのがNY州抗体検査の結果)、感染者の累積増加が問題ではなく、新規感染者に対して医療対応ができないことが問題なのであって、そこ(重症者・軽症者を含めた医療体制の本格的拡充と感染防御用具の大増産)に手を付けず、社会の活動性を奪って社会を殺して仕舞うのはまさに本末転倒だ。

 政府やマスコミは、PCRやら何やらの煽動者に引きずられてそこを理解していない。もう一度本質に戻ってよく考えてほしい。

「自宅での安静・療養を原則」はもうやめよう。

加藤厚労大臣は、(要約すれば)37.5℃以上4日間は受診の目安に過ぎないので具合悪ければさっさと受診すればよかった、という「今更何を言ってるの?」というような答弁をしたが(「加藤厚労大臣の許しがたい無責任答弁」)、5月4日に改訂された政府の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」においても、いつでも受診できるような医療機関の整備はおろそかだ。

 

 特定都道府県に限っては、診療ではなく「集中的に検査を実施する機関(地域外来・検査センター)の設置」を呼びかけ、 さらに患者が増加した場合に限って、(なぜか厚労省に相談の上)「一般の医療機関での外来診療を行うこと」とされている。

 しかし、この診療には「感染への不安から安易に医療機関を受診する ことでかえって感染するリスクを高める可能性があることも踏まえ、 症状が軽度である場合は、自宅での安静・療養を原則とし、肺炎が疑われるような強いだるさや息苦しさがあるなど状態が変化した場合は、すぐにでもかかりつけ医等に相談した上で、受診するよう周知すること」との留保がつけられているのだ。

  結局、「自宅での安静・療養」が原則」で、今までと何も変わっていない。

大臣の答弁は何だったのか?

 

 そもそも今回のコロナ感染による重篤な症状が「肺炎」のみによってもたらされる、という古い考え方にいつまでしがみついているつもりなのだろうか。

病態として、血栓の生成が促進され、脳梗塞などの合併症で若者であっても急速な転機をたどることがあることは既にアメリカからの報告で判明しているところ。中国からも入院時のDダイマー(血液検査において血栓症の判定に用いられるマーカー)が転機予測に有用であるとの報告が寄せられている。

 また、日本でも症状のある自宅待機者が急速に病状が悪化し、死亡に至ったという報告が何例も出た。

 

 つまり、「自宅での安静・療養を原則」は、「軽症例には医療としてやることが何もない」という古い知見に基づいた誤った考え方になっているのだ。

 何もそういった患者にPCR検査を必ず行わなくてはならない、といっているのではない。新しい知見などに基づけば、疑いのある症例は、軽症例であっても早めにパルス・オキシメーター(血中の酸素飽和度をモニタリングすることで肺機能の悪化をリアルタイムで把握できる上に価格も一個数千円程度)での自己管理の指導や、血液検査を行って必要がある場合は予防的に抗血栓薬を処方する、あるいはCT検査(CTのハードはPCR検査機器と違ってどこにでもあるし時間もかからない。感染予防も工夫次第)を行うなど、軽症例であっても行うべき医療行為が幾つもある。

数日おきに再検査すれば「急激な悪化」による死亡も避けられるだろう。

 

  基本方針には明記されなかったが、「軽症例に対する外来診療体制の整備」こそが今必要なことであるし(重症例については明記されている)、大臣の答弁に合致するところとなろう。

 

混乱期は過ぎた。これで厚労省が改めなければ次は集団訴訟が待っている。

このところ、悲惨な報道が相次いでいる。

自宅療養をされていた警察官の方が急変して死亡した(読売)。同様の事例が埼玉県でもあり、警察が把握した路上死などでも感染確認者が相次いでいる(ANN)。

 

そして、高熱ともうろうとした状態が4、5日続いた男性が保健所に電話してもひたすら「自宅療養」を指示されるだけ。今度は咳が続いてもCT検査が前提で、「コロナでなければ5万円かかりますよ」と受け控えを促すような指導しかなかったとの報道がなされいる(デイリー新潮)。

 

ところが、この実態に対する加藤厚労大臣の答弁は、

「これは別に検査を受ける要件ではなくて、受診の診療の目安ということでありまして、これについては37.5度を4日、というのは要するに、そこ以上を超えるんだったら必ず受診をしていただきたい、そういうことで出させていただきました」。

 

実態を知らないのではなく、責任回避のために役人が事後的に取り繕ったペーパーに沿って答弁したのであろう。

しかし、こんなごまかしはいつまでも続くものではない。

 

 そして、問題は、保健所の対応だけではない。

お笑い芸人のラジバンダリ西井さんという方がおびただしい倦怠感と40℃の熱で意識が朦朧とするなか救急搬送されたというのに、インフルエンザ検査でインフルが否定された後、リンパ球の異常値が確認された後タクシーで帰宅させられたという(デイリー)。

 

国の対応に右に習えがごとく、医療機関も本来なすべき対応を患者に対してしていない。急変がありうるのだから、このような例は最低限CT検査をすると共に入院管理が必要であったろう。

 もちろん、現実のキャパシティの問題があることは承知しており、「本来ならなすべき対応」という意味ではあるが、医療サービスを受ける側に立ってみれば、その割引もいつまでもできる訳ではない。

 

 私は、現段階では、個々の医療機関の対応まで問題視するものではない。

 第一義的には、こうなることがわかっていながら、医療体制整備を遅くとも3月から進めるべきであったにもかかわらず、自治体任せで少しも前進させてこなかった国の責任である。そのことはその時点から党のヒアリングや個別の質問で度々厚労省には指摘させていただいてきた。その答えはいつも「自治体に要請している」であった。我がこととして真剣に医療体制を拡充しようという意欲は感じ取れなかった。

 

 そして次に責任があるのは自治体である。

特に最大の感染多発地帯である東京都は緊急事態宣言発令間近の段階で、急に積極的な発言をトップがし始めたが、肝心の医療体制整備はいつから取り組んだのか。

 

 ICUや感染者用の病棟確保に万全の準備を行ったドイツが、日本の10倍以上の感染者を抱えながら隣国の重症者まで受け入れ、それでも自国民の治療にはまったく差し支えはないと担当者が胸を張っているのを見るにつけ、今この時期になってさえ国民にここまでの不十分な医療しか提供できていないことは準備不足というしかない。

 

 当初の混乱期に生じた様々な問題について、国や自治体に法的責任があるとまで。言うつもりはない。

 しかし、現在は、安倍首相が国民に「コロナの時代の「新たな日常を作り上げる」」ことを要請するにまで至った時期。

であるなら、厚労省や自治体が「コロナの時代の「新たな医療体制を作り上げる」ことを当然に要請される時期でもあるのだ。26兆円規模の経済対策中心の補正予算を赤字国債増発によって成立させた今、財源は問題とならない。

 

 通常時であるならば当然法的責任を追及されるような「医学的にみて正しくない指導」-それは大臣も認めている-が続くようであれば、国や保健所は集団訴訟の対象となることもきちんと自覚して対応を改めなければならない。

また、医療の現場においても、治療の必要な患者を家に帰すような体制は、国や自治体が責任をもって改めなければならない。

 わかっていながらきちんと取り組まないのであれば法的責任を追及されることも意識して、絶対に国民に必要なこの医療体制整備に対する取り組みに本腰を入れるべきだ。

 保健所がまともなアドバイスをできるようにするには、どのように医療体制を整備しなければならないのか、逆算して考えればすぐにわかるはずだ。

今やるべきは広範な緊急事態宣言の延長?「コロナの時代の「新たな日常」を作り上げる」とは??

昨日、安倍首相が記者会見を行い、全国的な緊急事態宣言の延長を宣言した。

先の記者会見の時と違い、安倍首相の演説にあまり力はなかったと感じた。

とりわけよくわからなかったのが「コロナの時代の「新たな日常」を作り上げる」という言葉だ。

 

 私は、緊急事態宣言に効果がなかったとも不必要だったとは思わない。

大都市圏を中心に新規感染者数が減少していることは明らかだからだ。

 

 しかし、この緊急事態宣言とそれに伴う外出自粛や休業要請をいつまでも続けられる訳ではない。よくわからない「新たな日常」とやらも。

 先に記事を書いたが、コロナ禍に伴う経済的苦境が影響したことによる死亡者が既に出ているし、アメリカでは、あのゴールドジムが破産申請をした(ただし、日本のフランチャイズ店に直接の影響はないとのこと)。

 コロナウイルス・パンデミックがいつ収束するかわからないが、今の不十分な休業補償であってもトータルすれば莫大な経費がかかり、日本銀行が財布代わりに円を増発しまくってそれを支えるという構図もいつまでも続けられる訳ではない。

 

 ここは原則に戻るべき時であろう。

 

 今やるべきであるがやられていない政府の最大の課題は「医療システムの維持」だ。

 ドイツのメルケル首相が、社会全体の広範なロックダウンを要請したとき、記者会見で述べた目標だ。

 ドイツは、その言葉だけでなくそのために着々と準備を進めていた。ICUの大幅な拡充であり病床の確保だ。その成果で、日本の10倍以上の16万人超の感染者を出しながら、他国の重症患者を受け入れるゆとりすらある。医療現場の医学的要請に従ったPCR検査(*)すらできない日本とは違い、一日7万件の検査をこなしている(日経)。

 現場から、「既に医療崩壊している」との悲痛な声が聞こえる日本とは大違いだ。

 

 その最大の原因は、政府が「医療システム維持は地方自治体の仕事」と他人事視しているところにあるのではないか?

 今まで、党の対策本部におけるヒアリングなどを通して厚労省に医療体制システムの維持について聞いてきたが、回答は、「感染者病棟の拡大を地方自治体を通して図っている」というような間接的な答え。確かに日本のシステムはそうなっているが、それを前提としてもできることは多いのではないか。
 どこまでかかるのか、際限のない現金給付や休業補償に多額の国費(しかもそれは実質は日本銀行による円紙幣増刷への100%依存)をかけるのであれば、10兆円かかろうが50兆円かかろうが、コロナに合わせた「医療システムの拡充と変化」を図るべきである。

 

 例えば、

・各都道府県の現状に応じて、ホテルや廃校などを買い上げて軽症者・中等症者用医療施設を直ちに確保する

・いくらかかろうが必要なN95マスクや防護衣などを海外から買い付け、同時に国内企業に必要なだけの設備費と買い上げ補償で生産を促す

・現に現場の第一線に立って奮闘している医療者に十分な報償を用意すると共に、コロナ禍によって逆に手が空いている医療者にコロナ対応医療への従事を促す

・救急医療が破綻している大都市圏に、コロナ専門外来と専門病院を設け、協力する医療機関に対し、十分な報償を行う。また、自衛隊を動員し、臨時の救急重症患者用施設を設ける。

・オンライン診療とそれとタイアップしたPCR・CT検査施設を設け、国民がコロナか?と心配となったその最初の時点で医療のケアを受けられる体制を整える。そのための設備・ノウハウを無料で国が医療機関に提供し、十分な診療報酬を支払う。

 

 これらの施策を、国が、厚労大臣が先頭に立って取り組み、国民が「コロナに感染しても安心して治療を受けられる体制」を作ることこそが政府の使命だ。

 無症候感染者を含めた死亡率は、ニューヨークでの抗体検査の結果から1%を切るものと想定される一方、この流行は2022年まで続くとするハーバード大学の予測もある(産経)。

 

 であるならば首相がいうような「コロナの時代の「新たな日常」を作り上げる」などというよくわからない目標を掲げるのではなく、現実的に「コロナの時代に耐えられる「新たな医療システムを作り上げる」ことにこそ、政治の目標を置くべきだ。

 

 

 

(* なおPCR検査自体が目的ではなくいので、あくまで医療が必要とした検査ができていないことが問題)