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ドラえもんが送り込まれる日。私たちの今が未来の迷惑となっている現実

私が小学生だったころ、ドラえもんの連載が始まった。のび太君があんまりだらしない一生を過ごしたので、ひ孫のセワシ君の代まで貧乏で苦しい生活が続いている。セワシ君がドラえもんを過去に送り込んで、大本の原因であるのび太君をなんとかして未来を変えようというのが始まりのストーリーだったと記憶している。

今、国会にドラえもんが現れてもおかしくない、そんなことをふと思った。

財務省の直近のリポートでは、平成31年度末の国債残高は約995兆円、それ以外の借入金や政府短期証券を合わせると、国の借金は約1250兆円に上っている。もちろん、これだけの借金が急に生じた訳ではない。下図はその推移。

出典:平成31年度予算の編成等に関する建議(財政制度等審議会)https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia301120/index.html

 

国債残高が急増していったのは毎年度予算における歳入(税収)不足を埋めるために、国債を発行し続けたからである。

ただし、国債残高が急増し始めたのは歴史的にはそんなに古いものではなく、平成5年くらいから。

日本の人口増大が頭打ちになり経済における人口ボーナスが終わりを告げ、これによって高度経済成長及び平成バブルが終焉を迎えて税収も落ち込み始めたのに、政治家たちはレジューム・チェンジが起きていたことを理解しなかった。夢よもう一度とばかりに財政支出主導の景気拡大政策を続けることを選択し、これに人口高齢化に伴う社会保障費の急増も相まって予算は膨大化した。そしてその原資に、国債発行というもっとも安易な道を選んでしまったのがことの始まりだったのであろう。

(総務省人口推計より 青山まさゆき事務所作成)

出典:財務省 債務管理リポート2018 https://www.mof.go.jp/jgbs/publication/debt_management_report/2018/index.html)

 

理由はともかくとして、今を生きる我々にとっては、約1000兆円もの残高の国債が目の前に残されている、という現実だけが迫ってくる。

このため、例えば今年度予算では過去の借金である国債費に23.5兆円が費やされている。今年度予算の23.6%が、過去の負の遺産のために拘束されてしまっているのだ。

出典:財務省 平成31年度政府予算案 https://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2019/seifuan31/index.html

 

この傾向は、国債残高の累増と共に、ますます悪化し、かつ長期化していく。償還期間が10年を超える超長期国債(20年債、30年債、40年債の3種類)の比重が増しているからだ。

 

 

出典:財務省 平成31年度国債発行計画の概要 https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/meeting_of_jgbsp/proceedings/outline/181120pdf78.pdf

 

 

40年債は、40年後に償還費用を捻出しなければならない国債だ。つまり、われわれは40年後の未来、2059年の未来に生きる日本国民の予算を拘束し、負担を押し付けてしまっているのだ。

現在国会で議論されている「特定防衛調達に係る国庫債務負担行為により支出すべき年限に関する特別措置法の一部改正法案」は、簡単に言えば武器の10年分割払いを可能にするものであり、後の予算を拘束する。分割払い分の費用は固定化してしまうので、後の予算に関する裁量の余地が狭められるとしてこれが問題視されている。

しかし、安倍政権だけでなく野党もあまり意識してはいないが、私たちは、実ははるかに遠い未来の予算を、はるかに大きい金額でもって浸食してしまっているのだ。

ある日、ドラえもんが未来の世界から国家に現れ、未来のスーパーテクで今の私たちのだらしのない財政をただしてくれればありがたい。「自分たちの使うお金は今の自分たちでなんとかしてくれ。未来の子孫のことも少しは考えなければダメだよ。」とお説教でも垂れながら。

しかし、21世紀(2003年4月7日)になっても鉄腕アトムは現れなかった。ドラえもんもきっと現れないだろう。今を生きる私たち自身が、自分たちの子孫のことを考え、未来の世代の選択肢をこれ以上狭めてはならない。おじいさんたちの世代のせいで、今の僕たちはこんなに苦しい、と未来の世代にうらまれるようなことはもう終わりにしよう。