青山まさゆきの今を考える > 新着情報 > ゴーン事件で日本が失うもの。

ゴーン事件で日本が失うもの。

日産のカルロス・ゴーン氏が逮捕され,起訴後も勾留が続いている。

この事件では,検察や現経営陣によるとみられるリーク報道が続き,マスコミを利用した既成事実作りや強引とも思える捜査手法を批判する声も多い。

 

この事件で私が危惧するのは,海外の有能な人材からの,日本社会に対する信用失墜だ。元々,ゴーン氏は,会社の存続すら危ぶまれる危機的財政状況にあった日産が,日本人経営者ではできない改革を期待して招聘した人物だ。

ゴーン氏は見事に期待に応え,系列取引や幹部職員の天下りで生じていた関連企業との癒着などを排除し,2兆円を超える借金を僅か4年で完済し,日産を「リバイバル」させた。

それから,10数年,ゴーン体制が継続する中で起きたのが今回の事件だ。

 

私が不可解に思うのは,今回の起訴事実や容疑事実をなす行為が,東証一部上場企業である日産の業務事項として行われたものであるということだ。

ゴーン氏の弁護人によれば,社内規則を無視して行われた行為が立件されているのではなく,社内的な手続きを踏んで行われた行為が事後的に違法と評価されているようである。それはそうであろう。いかに実力経営者といっても単なる雇われ社長に過ぎないゴーン氏が,社内の形式的な手続きを無視できるはずはない。逆に言えば,ゴーン氏の容疑として指摘されている事実-特に報酬に関する事項や第三者へのまとまった額の支払は,他の取締役会や担当役員などの承認を得て行われていたはずである。

さらに,金融商品取引法の被疑事実とされる,報酬の後払い分が有価証券報告書上未記載だったという容疑は,最初の報道時から首をかしげた。取締役に退任後報酬を支払うためには,株主総会での議決(さらにそれに先立ちこれを株主総会の議題とするための取締役会の議決)が必要であり,法的には未確定というしかなく,これが記載されていないから同法に違反するというのはあまりに無理があるからだ。

 

また,自白をしなければ保釈しない,という日本の刑事司法のあり方は先進国からみれば,野蛮としかいいようのないやり方だろう。しかも,勾留中のルール(接見の方法や人の制限だけでなく,日常生活動作まで制限される)の厳しさは欧米人にとっては驚きだろう。

 

そして,ゴーン氏が得ていた報酬は世界標準からすれば決して巨額ではない。三菱自動車やルノーから得ていた報酬を合算してもフォードやGMなどのCEOに及ばない。倒産寸前といっても過言でなかった日産を救い,長年順調な経営を続けてきた彼の功績からすれば,決して多すぎるとは言えないであろう。

 

以上を踏まえたとき,今回の事件を海外の,しかも有能な人材はどう見るであろうか。

大きな成果を上げても,彼らからすれば妥当な報酬額以下しか得ることが出来ず,しかも何年も後から社内手続きを踏んだ行為が違法と評価されて逮捕され,これを否認しているだけで長期間の勾留を余儀なくされる。

有能な人材であればあるほど日本という国の企業経営に携わることを敬遠するであろう。

しかし,これは日本にとっての損失である。順調なときはどのような人物があたっとしても,会社の業績にさほどの差異はでない。しかし,逆境の時こそ,舵取り役にどのような人物があたるかで大きな差が生じる。アップルがウインドウズとの競争に敗れ,苦境に陥った際に招聘したのがスティーブジョブズ氏であり,彼が何をアップルにもたらしたかはご承知のとおりだ。

あのとき,日産にカルロス・ゴーン氏がいなかったなら,いまの形で日産は存続していただろうか?

日産やアップルで起きたことが日本の企業で再び起きたとき,救い主を外国人材に求めることはもはやできないであろう。