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野党こそ自省と変革を。正面から国会に取り組んで

 自民党の甘利氏が、野党は批判ではなく対案を提示すべきと主張されている。立場は違えどその通りだと思う。今の安倍政権の問題点は、旧来型の政治の行き詰まりを、旧来型の政治を極端に推し進めることによって成り立たせていること。それによって利益を得ているのは実は政権与党だけではない。バラマキ型政治の恩恵は野党にももたらされている。しかし、今の政策・政治に持続可能性はない。新しい切り口の政治、新たなる発想が必要なのだ。しかし、その姿は国民に提示されていない。

 そもそも、口を極めて野党や一部市民グループが罵る現政権がなぜ「持続可能」なのか。それは野党が現政権よりも劣ると国民に判断されているからに他ならない。ではなぜそう判断されているのか?それは場当たり的な政権批判や重箱の隅をつづくような国会での議論に終始しているからであり,そのことについて国民がこころよく思っていないことを野党は理解していないのだ。一例を上げれば、最近の桜田大臣を巡る議論。桜田大臣が、あるべき大臣像からかけ離れた存在であり、不適格であることは誰の目にも明らかであろう。しかし、池江選手に関する意図的なマスコミの策略に便乗したり、僅かな遅参について審議拒否している姿が国民にどう映っているのか野党は理解しているのであろうか?

 そのような些末なことより、本会議や委員会においてどのような真剣な議論を行なうかこそが重要であろう。ところが、議員の本分たるそこの部分で、全力を尽くしているとは思われない行為が平然と行われている。例えば先日の衆議院財務金融委員会において、麻生大臣の所信表明に対する質疑が行われた。危機に瀕している財政について、正面から真面目な議論を挑んだ議員もいた。しかし、ある議員は、視察に訪れた那覇空港の発着回数について延々と質問を行なっていた。今、日本の財政は危機的状況にある。財務金融委員会こそそのような議論を行うべき場であるべきだし、しかもそのことに焦点が当てられるべき財務大臣の所信に対する質疑の場である。そのような場において、財務金融とは全く関係のない空港の発着問題を取り上げるような姿勢こそ、大臣の言の葉や数分の遅刻よりもよほど問題である。野党にそういう自覚が芽生えなければ、いくら安倍政権に失策が続いたとしても政権交代など永遠に望めないだろう。

 野党が変革するか、あるいはまったく新しい政治勢力が台頭するのか。安倍政権が存続することに対する自省こそ今野党に求められていることだろう