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新型コロナは変わりつつある。国は現状をしっかりとアナウンスすべきだ。

マスコミの話題を独占している新型コロナウィルス新規感染者増。東京都から沖縄に注目が移った感があるが、一方では、新規感染者数ばかり増え、重症者や死者はほとんど増えないという現実がはっきりとしてきた。

タイムラグを持ってこれらの数が増えてくるという、TVによく出る医師らの7月中の意見であったが、結果としてその意見はFactに反したものになったことは、何度か指摘させていただいた(7月20日「Factを見つめよう」)。いつまで経っても重症者は増えず、重症化率は1%未満、死亡率は当然それ以下。

厚労省のメタデータによれば、7月の死亡者数は全国で36名、新規陽性者数は17167名。死亡率は、7月以降は0.2%なのだ。

この指摘に当初は批判的コメントをよくいただいた。しかし、このところさすがに事実を踏まえて素直に賛同される方が多くなり、同様の指摘も相次いでる。

 

ここで、この数字をよく比較されるインフルエンザと改めて比べてみよう。

インフルエンザウイルスの死亡率は0.01〜0.02%だという。新型コロナの方がたしかに高い。しかし、感染者数の絶対数は、インフルエンザが256万人。新型コロナウイルスは今日現在で3万6千人ほど。よって死亡者の絶対数は、平成30年でインフルエンザが3323人に対し、新型コロナウイルスでは半年で1011名、年間数(単純計算)では約2000人と逆転する。7月に入ってからのペースあるならば今後の年間ベースは年400名ほどということになる。

したがって、現時点で事実を比べてみれば、疾患の悪性度という面では新型コロナウイルスに軍配が上がるが、日本全体に関するマクロ的脅威としては、インフルエンザ以下なのだ。

 

もう一つ考え直さなければいけないのは、よくなされる海外における重症例を挙げての警鐘。

例えば近時TVで放映されたNY在住の医師の闘病体験。それだけを見ると確かに大変な経験ではあるのだが、あくまでも3月4月頃のNYでの経験。中堅世代の有名ミュージカル俳優が足を切断してその後死亡したりということが起きた時と場所での事例。海外ではその頃、若年層でも新型コロナ罹患者に脳卒中が多発したり、幼児に川崎病類似の重篤な症状が出たり、10代の死亡者も散見された。しかし、少なくとも日本ではこれらに類似する症例は報告されていない。

現状は、福岡市長が正直にネットに綴られたとおり、大半は無症候や軽症者の若者ばかりなのだ。

そして、今話題の沖縄も、歓楽街を中心に感染した若い世代がほとんど。

県外から来た観光客のせいではない。実直に臨床に取り組まれ、沖縄県の新型コロナ対策専門家会議委員を務められている高山医師もSNSで発信されている事実だ。

 

一方で、心配なのは、経済がますます萎縮している事実。

吉野屋は150店舗の閉鎖、ANAは四半期だけで1590億円の巨額赤字。今、新規感染者増が話題の沖縄の観光関連産業も相当程度の打撃が今後明らかになるだろう。

 

以上を踏まえて、政府がなすべきことは以下のとおり。

1.病態が変化してきているということを数字と共に国民に真摯に説明すること

2.一方で経済的悪化も深刻の度を増してきており、新型コロナに対する対策も、病態に合わせて実行せざるを得ないこと

3.今後は、公共の場でのマスク、頻繁な手洗いの習慣化などおのおのが取り得る対策を重点とし、一部歓楽街の特定業種(キャバクラ、ホストクラブなど)に対し、補償を伴いつつのピンポイント対策に力点を置いていくこと

4.以上を踏まえ、観光自粛や子どもたちへの行動制限は呼びかけるものではないこと

5.病態変化などへの備えとして、医療システム維持への備えは万全とするよう各自治体には予算措置を伴った勧奨をすること。具体的には①後記6を視野に入れつつ当面の措置としての軽症者用宿泊施設の整備、②重症者用病棟の整備(臨時重症者用施設あるいは新型コロナ専門病院の開設)

6.軽症患者の医療へのアクセスを容易にし、一般医療機関で取り扱いしやすい疾患とするため、指定感染症の分類を実情にあったものに改める、あるいは指定外とすること(医師の方たちのご意見に基づくもの。これについてはまた改めて書きます)

 

今、国民が必要としてるのは、合理的な論拠に基づく明快なリーダーシップ。現政権がそれを発揮することが出来ないなら、それが出来る政治家あるいは政党に政権を譲るべきである。ただし、新型コロナウイルスを政治利用し、党勢拡大に利用しようとしているマスコミ同様の一部野党に代われ、というものではない。与野党を問わず、それが出来る政治家、政治勢力が新たなる勢力となるべきだろう。今は、党利党略よりも、国民の生活が、未来が優先されるべき時である。