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異論を許さない日本の伝統

緊急事態宣言時の自粛警察、悲しいことにその潮流は変わっていない。

私は、今回の新型コロナウイルス禍が始まった2月の頃から一貫して今回の事態については時に警鐘を強く鳴らし、時に日本ではまだあまり注目されていない海外からの重要な情報(血栓に注意が必要なこと、マスクの感染拡大防止効果のエビデンス等)をお知らせし、時にはPCR検査に過剰に重要視する風潮を批判をしてきた。

その流れで、今回東京都を象徴する感染者増加をどう捉えるべきかについて、医師や研究者の方のご意見を参考にしつつ(あるいは直接レクを受け)、タイムラグがあるため経過を見なければならないことを踏まえ、その様子をつぶさに報告し続けている。
ようやく新規感染者増加が100人を超えた7月初旬から20日間が過ぎたので、中間総括のような投稿をしたところ、医師や研究者でもないのに黙っていろ、的なコメントをSNS上で頂いている(それも医師や研究者でもない方から)。

しかし、そのようなコメントを、新規感染者増加に対して過剰な心配を投稿されている多くの医師や研究者でない方に対しては投げ掛けられているのを見たことがない。

残念なのは以下の二点。
①世の中が一方向に向かっている時に、異論を許さないという強い攻撃性が少数意見に向けられる日本の伝統。
②専門分野に属する事柄であっても、適切に情報を収集し自分の頭で判断するということをしようとしない他人任せの思考。

言うまでもないことだが、①が第二次世界大戦を招き、②が福一の事故を招いた。

民主主義社会とは異論を許容する社会。

そして、少数派の意見の中にこそ真実が隠れていることが多いのも過去の科学の歴史。

世の中が一方向に向かっている時こそ、そのことを心のどこかに置くべきだろう。