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「年金では暮らせない」は、正直な事実。与野党共に国民に真実を告白すべき時が来ている。

 金融庁が年金について取りまとめた報告書が波紋を広げている。「人生100年時代を見据えた資産形成を促す報告書をまとめた。長寿化によって会社を定年退職した後の人生が延びるため、95歳まで生きるには夫婦で約2千万円の金融資産の取り崩しが必要になるとの試算を示した」(日本経済新聞)のだ。これについて、野党の幹部が、「年金で暮らせない。まず謝れよ」とコメントしているなどと報じられている。

  「今までとは違う説明であった」という理由で国民に謝罪すべきというその論は正当だが、ただし、それは政府与党や行政庁だけの問題ではない。野党を含めた政治家全体に当てはまる事なのだ。

 なぜなら、日本の年金制度が「生活をそれだけで維持できるレベル」に保てることなど幻想に過ぎないことなど、とうの昔から与野党問わず分かり切っていた事実だからだ。

 日本の今の年金制度が形作られたのは戦後のこと。そのときは第二次世界大戦の影響もあり、高齢者が少なく、若い世代が多い、まさにピラミッドのような理想的な人口構成であった。そのような人口構成に適した制度として、「賦課方式」による制度設計が行われたのだった。賦課方式とは、勤労者(現役世代)が納めた保険料は、そのときの年金受給者への支払いにあてられ、自身のために取っておかれるものではないという方式。これに対置されるのは積立方式。自身が納めた保険料が、引退時に自身に返ってくるという方式だ。今の状況に即して考えれば積立方式が合理的だが、戦後の状況は今とはまったく異なっていた。

 例えば、1970年には、1人の年金受給者を、42人の保険料支払者が支えていたのだ。どれだけ余裕があったかは計算するまでもなく理解できる。だから、戦後しばらくは賦課方式が合理的な制度だったのだ。

 しかし、その状況が出生率の低下に伴い変化し、昭和が進むにつれ5人で1人、平成では人で人、そして現在では2人で人を支える状況になっていったのは周知のとおり。やがて1人が1人を支える時代がやってくる。

 1人で人を支えるのであるから、現役世代に過重な負担をさせるのでない限り、十分な年金を受給できなくなることは火を見るよりも明らか。

 過去に厚労省の発表した見通しでもこのことは示されている。平成26年に発表された厚労省の推計によれば、物価上昇率や実質経済成長率からみてもっともありそうなケースHおいて、所得代替率(現役世代の手取り年収の何%が年金水準かを示すもの)は2050年43%に低下し、その後30%台に落ち込む。今の数字に置き換えれば現役世代の手取りが360万円とすれば、年金生活者は夫婦二人で153万円。月に直せば12万円で二人分の生活費を賄うこととなる。年金だけで暮らしていくのが困難となることは、以前から明らかであったことなのだ。

(厚生労働者:将来の公的年金の財政見通し(財政検証 より)

 

 この事実は、与党だけでなく、野党も承知していたはず。金融庁が正直な見通しを今回発表したことを責めてもどうしようもないこと。

 本来であれば与野党共にこの事実を認め、年金制度の将来的維持のために喧々諤々の議論をすべきなのだ。そのためには、積立方式への変更を含めた大改革も検討されなければならないが、そのためには国民負担をEU並みへ増大させることも議論されなければならない。さもなければ、引退という言葉が死語となり、「一生働ける社会」ではなく「死ぬまで働かなければならない社会」が実現するだけだ。

 そう遠くない過去においては、野田元総理が、社会保障の維持のため、政権を投げうつ覚悟で3党合意をまとめられ、消費増税による社会保障維持の道筋をつけられた。

 しかし、その後、その精神は政権与党に受け継がれず、政権維持のために未来を犠牲にしたかのような増税延期が図られた。一方の野党も、年金制度の維持、社会保障の維持のために骨身を削る覚悟があるとは思えない。消費増税凍結を声高に主張する政党ばかりであるのが現状だからだ。そして、野党がよく訴える歳出における削減には限界はある。たとえば、よく引き合いに出されるのが防衛費。しかし、防衛費は歳出の5%に過ぎない。だからこれをいくら削っても年金水準の維持や社会保障費の増大には到底追いつかない。そして、このままでいけば年金保険料の「払い損」や60年払いの国債増大で損をするのは若い世代であることも十分に承知しているであろうにそのことは与野党とも口をつぐんだままだ。

 

 政党が、政治家が、本当に未来に対して責任感を持っているのであれば、金融庁が行ったように、勇気をもって厳しい現実を国民に示すべきだ。その上で、国民負担の増大が必然であることをも国民に対しきちんと告げた上で、年金・医療を含めた今の日本が誇るべき社会保障を維持し発展させるために必要な制度設計の大改革を、国民と共に考えていくべきなのだ。